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2020年02月05日

【第17回Mt.富士ヒルクライムに向けて】第16回大会 選抜クラス王者 佐々木遼さんインタビュー(前編)

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1月某日。暖かな陽射しが降り注ぐ絶好の日、2019年富士ヒルクライム男子総合優勝の佐々木遼さんにお話しを伺いました。
自転車の馴れ初め、レースで初めて勝利した日、どんなトレーニングを積んでいるのか、などサイクリストの皆さんが気になっていることばかりのテーマに、自転車愛に溢れたトークを(前編)(後編)の2部にわたってお届けします。

 

最初は自転車の「旅」だった

ーーーまずは自転車を始められたきっかけをお聞かせいただけますか?

自転車を始めたのは大学3年、今から5~6年前です。
最初は旅みたいな感じだったんです。
量販店で買ったクロスバイクで藤沢から箱根を越えて山中湖へ行ってみようと、二泊分の着替えや防寒着を入れた重たいリュックを背負って山を上り、二泊三日かけて行きましたね。
今だったら1日で行ける大した距離じゃない場所なんですけど。

ーーーその旅はご友人と一緒だったんですか?

その時は単独でしたね。
そこから自転車の楽しさに目覚めて、自宅のある藤沢から近い江ノ島や、サイクリングロードを走ったりして徐々にのめり込んでいきました。
ヤビツ峠にも行きましたよ。最初は上りきれなかったんですよね。懐かしいな……(笑)

ーーーロードバイクに移行したきっかけは?

海沿いの国道134号線を走っていると、ロードの人がすごく多くて、それはもうバンバン抜かれるんですよ。
元々の性格が負けず嫌いなもので「なんで負けるのかな」なんて思っちゃって……。
よく見たら、ハンドルの形が違うな、って気がついたんです。そこで調べてみたら、あれはロードバイクといって、また違う種類の自転車なんだな、と知ったんです。
そこからバイト代を貯めて、通販で3万円くらいのロードバイクを買いました。届いてみたらまったく組み立ててない状態のものでした(笑)。
で、とにかく組み立てないことには始まらないということで、ネットで調べて、自分で組み立てて。
そこで初めて、自転車の構造について知りました。そのおかげか、今は乗るだけではなく自転車をいじるのも好きになりました。
そのロードバイクには半年乗っていたんですが、それまでのクロスバイクと比べて、もう全然違って……重さを比べてみたら、それまでのクロスバイクより8キロくらい軽くて……上りが楽になって、さらに楽しくなりましたね。

過去には上りきれなかった峠も。クロスバイクからロードバイクに乗り換えたものの、相変わらず旅をしていたという佐々木さんですが、SNSを通じて集まった仲間とともにいよいよレースにエントリー!

ーーーレースに出ようと思ったきっかけは?

SNSで集まった仲間と作ったチーム【GOCHI】に参加するようになって「せっかくだから何かレースに出てみようか」という話になったのがきっかけでした。
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TEAM GOCHIのみなさん。Photo:小野口健太

初めて出たレースがウォークライド主催の「箱根ヒルクライム」でしたが、その時の結果は年代別で4位……表彰式って3位までなんですよね。“あとひとつだったのに”という悔しさで、そこから本格的に「練習をしよう」と気持ちが切り替わりました。
強度を上げて走るようにしたり、初心者なりに練習メニューを考えてみたり……あとは一昨年の富士ヒル優勝者の田中選手に練習メニューについて質問をして教わったり。
そんな風にして教わったメニューをひたすら忠実に繰り返していました。
当時ヤビツのタイムトライアルで録った記録が着実に伸びていたので、手応えはありましたね。僕、数字(データ)が好きなんですよ!

2戦目は東京ヒルクライム奥多摩ステージで、結果は年代別で2位。ここで初めて表彰台に立てたんです。
自分の感覚としては、意外とすんなりと表彰台に上がれた、という感じ。これはもう「行けるとこまで行ってみたい」と思ってしまったことから、本格的に自分でも練習メニューを考えて取り組むようになっていきました。
この頃はもう自転車旅はほとんどしなくなりましたね。すっかり練習とレースのルーティーンになりました。
そうして、やっと、東京ヒルクライムの檜原ステージで年代別で優勝できたんです。

ーーー3レース目にしての初勝利、どんな気持ちでしたか?

と言っても、総合優勝じゃなかったんです。総合での順位は20位くらいで、悔しいな、と…..。

実は今でもこのレースで総合上位だった選手たちとは同じレースに参戦して顔を合わせる機会が多いのだそう。
この上位常連の顔ぶれの中に“今、自分もいるんだ”と、ステップを踏みステージを上げてきた佐々木さんにとって、深く記憶に残るレースだったそうです。

練習エリアの条件は「信号のないコース」

伊豆は信号が少なくて走りやすいんです。自走して行くこともありますが、藤沢から小田原あたりまではすごく信号が多くって。
最近はクルマに積んで小田原までいって、信号のないエリアを走ることが多くなりました。
伊豆、丹沢、ヤビツ峠、いずれにしても信号のない上りのコースに、単独で行くことが多いです。
ヒルクライムの練習では楽をしたくない(人の後ろを走ると風除けになってしまい、楽をしてしまう)ので、単独で風を受けながら練習をしたいんですね。

ーーー富士ヒルに向けて、タイムを狙う練習に適した峠はズバリどこでしょう?

伊豆の椿ライン(大観山)が勾配も富士スバルラインに近く、距離も15kmと長めなので向いていると思います。信号や民家がないので、練習コース向きだと思いますよ。
僕は1本アタックして、タイムを録ったら、下って帰り道の小田原までの区間で平坦を踏んでいくような練習もします。
大観山が遠いなと思う時はヤビツ峠へ行くこともあります。あとは足柄峠かな。

 

もっと!もっと大きなレースで勝ちたい!

その後、初めて総合で勝ったのは、同じ年の11月に開催された東京ヒルクライムの日の出ステージだったんです。
念願の総合優勝はもちろん嬉しかったんですが、このレース、実はそれほど規模が大きいものではなくて。
僕、すごく欲深いんですけど(笑)もっと層の厚い、参加人数が多いレースでてっぺんに立ちたい!という気持ちになりまして。ライバルは多ければ多いほど、燃えます!
ヒルクライムだったら乗鞍と富士ヒルみたいな大きいレースで勝つのは夢でした。いつか勝てたらいいなと思っていたんです。

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第16回Mt.富士ヒルクライム選抜クラスのフィニッシュ Photo:武智佑真

ーーーでは、Mt.富士ヒルクライムでの勝利の感触はいかがでしたか?

富士ヒルは正直、勝てると思ってなかったんです。入賞できればラッキーくらいの気持ちでした。

 

「正直、勝てると思っていなかった」

しかし、2020年に迎える富士ヒルは違う思いで走るはずだ。連覇について、どのように意識をしているのか(後編へ続く

 

第16回大会 選抜クラス王者 佐々木遼さんインタビュー(後編)はこちら

 

関連URL:Mt.富士ヒルクライム https://www.fujihc.jp/

写真:小野口健太、武智佑真
取材協力:大磯クリテリウム実行委員会、株式会社ウォークライド

 

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