2017年02月14日
【橋川健◆自転車時事コラム VOL.3】サイクリング、トレーニング中の落車について
2016年の4月、レース中に関する落車について寄稿させていただきました。「レース中の落車」はある意味特別な状況における落車ですが、今回は一般公道におけるサイクリング、トレーニング、集団走行中の落車について例を挙げながらその回避方法を考えてみたいと思います(橋川健)。
2015年の夏に初めて中学生、高校生を対象とした「チームユーラシア-サイクリングアカデミー」(以下 アカデミー)を開催したのですが、ここに集まる選手達は経験も技術も皆バラバラ。約6週間の夏休み期間中にアカデミーに参加したメンバーは合計16名。各選手の滞在期間は2週間でメンバーを入れ替えながら活動をしていました。おおよそ2週間ごとに6名のメンバーを入れ替えるイメージです。
このアカデミー期間にトレーニング中の落車事故が2回起きました。残念ながら2回とも警察や救急車を要請するほどの大きな事故でした。
アカデミーに参加している選手に対し「いかにトレーニング中の落車が無意味なものか」を講議を行っています。「誰が良いか悪いかではなく、事故に巻き込まれたり落車した場合、最後に悲しい思いをするのは落車した本人です。些細な落車であっても大きな事故となり自転車に乗れなくなるかもしれない。せっかくベルギーまで自転車に乗りに来ているのに、自転車に乗れなくなるのは辛いでしょ?」というような話をクドクドとしているのですが、それでも落車は起きてしまいました。
そのうちの1つはユーラシアメンバーが2名帯同した7名のトレーニング中に発生しました。
霧のような細かい雨が降る中でのトレーニング中の落車により、落車した選手は大腿部を損傷。その周辺の道路は血で染められ、救急車によって搬送されました。
私は現場にはいなかったので状況を把握するためトレーニング後に選手を個別に呼んで聞き取り調査を行いました。事故のその状況は以下のとおりです。
状況 (図1参照)
1)天候は霧の様な細かい雨。路面はウェット。
2)緩い下りの直線から石畳に変わった直後に落車した。
3)スピードは約32km/h。
4)その現場において右側に停車中の車(ベルギーは右側通行です)がウィンカーを出さずに発進する動きを見せた。
5)先頭を走っていたのはジュニアの選手。
6)落車した選手は4番目を走行。5番目を走っていた選手も落車したが軽症に済んだ。
7)6番目を走っていた選手は車の動きも予見しており落車することは無かった。
この状況だけを見れば「車が突然動き出したし、ウェットの石畳は滑るから仕方ないよね」と言った雰囲気になってしまう。しかしこの選手は全治約2ヶ月となり、参加を予定していたインターハイへの出場を断念せざるを得なくなった。命があったから「仕方ない」で済まされるかもしれないが、より大きな事故に巻き込まれないためにも、より深く原因と対策を考えていく必要があると感じた。
事故原因
8)先頭の選手が「前注意」と動き出した車に対し口頭で伝えたが、4番目の選手にまで聞こえていなかった。
9)先頭の選手が車の発進を予見し、若干の走行ラインを変更。2番目、3番目の選手もそれに伴ってラインを変更するが落車した4番目の選手は対応しきれずに、3番目の選手の後輪と接触し落車してしまった。
10)雨で濡れた石畳は特に滑りやすい。
11)落車した選手は前方の路面状況、車の動きを把握していなかった。
「落車した選手は周囲の状況を把握してなかった」ことも事故の原因の一つだが、本人の意識を変えることと同時に、一緒に走る選手及び彼等を監督するチームとしても「落車を未然に防ぐ」対策、システムを作らなければならない。
対策
12)コースを知っているU23、エリートの選手はウェットな石畳の危険性を予見し、各選手に伝える。
13)危険箇所においては、コースを知っている選手が、十分に安全なスピードまで速度を落とし先頭を走る。
14)前の選手から危険回避のサインが伝わった時は、後続の選手に必ず伝える。今回のケースは2番目、3番目を走る選手も口頭及び手信号で後続に積極的に伝える必要があった。
15)各選手はコース状況及び周囲の状況をつねに把握し、気を緩めない。
16)先頭の選手が危険を予見した場合は速やかに口頭で伝え、早い段階で減速、ラインの変更をスムーズに行う。
特に12)、14)、16)にあるようにとにかく大きな声で危険箇所を伝えることが重要です。自転車で走行中は風切音により、声が伝わりにくい事もありますが、なによりも「これくらいは大丈夫だろう」と人事のように考える意識が問題だと思います。
この事故が起きて、メンバーが入れ替わり4週間後にまた警察沙汰となる落車事故が起きました。ベルギーの交通事情を把握し環境に慣れていないことや、初めて会うメンバー同士でのトレーニングなど、初めての海外、レース参戦で気持ちが昂ぶっていたなど……。事故が起こりやすい潜在的な事故原因は確かにありましたが、それでも6週間で2回は「危機的」な確率です。この頻度が10年続いたら場合大きな事故は20回となります。20回あったらそのうちの1回は「死者が出る」かも知れません。
このアカデミー期間中に起きたトレーニング中の事故は2回とも防ぐことができたと認識しています。事故の原因が天候や路面状況、他者にあったとしてもシステム、各選手の意識を変えていくことで防ぐことはできましたし、それは監督である私の責任でもあると強く感じました。
2015年のアカデミーでは期待以上の成績を修める事ができレース活動としては「成功」でした。しかし「事故」について今後の活動に大きな課題を残しました。(つづく)
(写真と文/橋川健)
著者プロフィール
橋川 健はしかわ けん
一応、自転車ロードチームの監督を職業としているが実際はメカニックから補給まで行っており、どちらかというと現場監督的なイメージのほうが近い。昔はいかにして「自分が速く走れるか?」を考えてきたが、最近はいかにして「選手を速く走らせるか?」に心血を注いでいる。チームユーラシア-IRC TIRE監督、日本自転車競技連盟ロード部会員、UCI公認コーチ