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2016年05月12日

【橋川健◆自転車時事コラム VOL.1】 落車について

橋川健さんによる時事コラムを新連載スタートします。橋川さんは元プロロードレーサー。20歳の頃、世界選手権出場枠を得ていたが辞退し、単身でベルギーへ渡る。コネクションもない中、実力でプロの世界まで駆け上がった人物だ。9年間ベルギーで選手生活を続け、帰国後はブリヂストン・アンカー、マトリックス・パワータグに所属した。現在はベルギーを拠点に、日本人の若手選手の受け皿となるチーム”チーム・ユーラシアIRC  TIRE”を立ち上げ、監督として若手選手のレース活動支援を行なう。とはいえ引退宣言はなく現役は続行中!! 好物は酒(ビール)、そしてチョコレート。

落車について

昨今、ロードレースでの落車に関する話題を耳にします。4月23日、24日と2日間に渡って群馬CSCで行われた全日本実業団自転車競技連盟主催の「JBCF 群馬CSCロードレース」では計4回救急車が出動し、その中には重傷の方もいると聞きました。

ベルギーを拠点にするチームを立ち上げて丸7年。年間50レース以上に参戦しているので、落車は常に起こり得るのですがここ1年、チームユーラシア及びサイクリングアカデミー、CCT p/b チャンピオンシステム、ナショナルチーム等のサポートを行ってきた中で救急車や警察沙汰となる落車は5回。それ以外にも自力で帰宅できるレベルの落車を含めると恐らく10回以上となります。多くの選手やレースと関わっているので事故も増えるのは仕方が無いですが、それでも異常なほど多いと感じています。

まず落車の原因を大きく2つにわけてみます。1つは初心者が予想だにしない行動をすること。もう1つは中級者以上がレース中もしくはトレーニング中の攻め過ぎ、もしくは不注意により落車を起こすことにわけられます。初心者の落車について聞いてみると、「フィニッシュしてゴールラインを過ぎたらフルブレーキを掛けた」など、集団走行の経験すらないような人がレースに参加している事もあるようです。

はっきり言うと、ロードレーサー初心者はレースに参加するべきではありません。十分にクラブやショップなどの練習会で集団走行の経験を積んだ後に、まずはエンデューロ系やヒルクライム系のイベントにいくつか参加して、集団走行を経験した後にレースに参加するべきでしょう。

自転車のロードレースに参戦するということは、サッカーや野球の「ゲーム系」や、ちょっとストイックな市民マラソン大会やトライアスロン系の「自分との戦い」とは異なり、ボクシングなどに通じる「戦闘系」のスポーツであり、割り込みを含めたポジションの奪い合いもロードレースの要素に含まれています。そして落車に巻き込まれ「命を懸けている」事をつねに忘れてはなりません。

中級者と上級者の落車について考えてみる

絶対に避けられない落車もありますが、落車の半数は防ぐことのできる落車だと思っています。不注意の落車はもちろん、パリ〜ルーベやミラン〜サンレモで見せたサガンのような「ウルトラC級」のテクニックを持ち合わせずとも避けられるものも多いです。ここで中級者と上級者が起こす落車を防ぐためのポイントを「脚力」と「テクニック」「思考回路」と分割して考えてみます。

「脚力」が上がればポジションの奪い合いも有利になるし、落車するリスクも減ると筆者は考えています。それは同じカテゴリーのレースを走っている中で、自分の脚力が上がり、レースに余裕が生まれれば必然的に視野も広くなり、周囲の状況が把握できるようになります。脚力に余裕が無く集団から千切れる直前などは前の選手の後輪しか見えていないことが多いです。そこが危険なポイントです。

「テクニック」は文字通りハンドル操作やバランス感覚、動体視力、視野の広さなど、多くは向上できるものだと考えています。例えば隣の選手と触れても動揺しなかったり、前の選手の後輪と自分の前輪が触れても倒れなかったり、走路から落ちて土の上を走ることになっても落車しないのは、テクニックを向上させる事で克服できると考えています。慣れや経験を積む事もテクニックを向上させるための要素です。

最後に一番大事なのは「思考回路」

ユーラシアに関わる若い選手には「‘怖い’と感じたらどんな状況でも引き下がれ」と指導しています。例えばゴールスプリントで入賞するチャンスを得た場合、リスクを負って攻めることを「勇気」だと勘違いしている選手が多いが、怖いと感じたら引き下がるべきです。

それでは「一生ゴールスプリントで勝てない?」と感じるかもしれませんが、実力が上がれば視野も広くなるし、自力で前に上がることもできます。多くの場合は余裕もっていれば「恐怖心」がなくなります。もし、それでも恐怖心が消えないのであれば、スプリンターとしての才能を諦め、違う戦略で勝つことを考えたほうが良いでしょう。

「他選手の技術が低く落車に巻き込まれた」という落車に巻き込まれた選手の声も聞ききますが、もしそれを受け入れる事ができないのであればレースに参加するべきではありません。

恐らくレースに参戦しているほとんどの選手は「自分は平均並に上手い」と思っているかもしれませんが、上級者から見れば「こいつはヘタクソだな」と思われているのがほとんどでしょう。つまり集団内で様々なレベルの選手が混走しているのですから、つねに上には上の存在がいるわけです。

DSC_3782

2015年4月8日に開催されたScheldeprijsにてゴール前の落車に巻き込まれたNikolay Trusov。プロでも避けきれない落車も起こりえる。仮にアマチュアレースであったとしても常に命懸けであることを忘れてはならない。

以下のリンクに集団内の動きに関する映像をアップしています。

https://youtu.be/l_KlIS4Xpds


この映像は選手達に集団内での位置取りを指導するために作りました。特に3本目の清水太己の映像は「なんて危険な……」と思われるかもしれませんが、これがロードレースのスタンダードです。むしろ欧州のアマチュアレースで戦うにはこの程度のスキルを身に付けていないといけませんし、周囲を走っている選手も清水の走りに対し不安定な動きを見せている選手はいません。

「意図的に危険を生むため」にポジション取りを行っているのではありません。レースに参加する上で自分を有利にする為に「攻めている」のです。

レースだからと言ってすべてが赦されるものではありませんが、出走者が数十人を超えるロードレースとなれば選手個々の間にスキルの違いが生まれて当然だと思います。スキルのある選手は当然そのテクニックも含めたすべてをレースで出し切ることを考えているわけですから、なかにはこのような集団内で攻撃的な走りをする選手がいることも想定しなくてはなりません。「脚力」も「テクニック」も乏しいにも関わらず攻撃的(無謀)な走りをする選手の場合は「思考回路」をもう一度修正する必要があります。

決して、「落車は起きて当たり前……」「巻き込まれた選手が悪い」と言っているのではなく、先にも述べたとおり防げる落車は多いです。それには「脚力」や「テクニック」を向上させなくてはなりませんが、それには時間と経験が必要です。

しかし、「思考回路」は今すぐにでも改善させ、落車を防ぐ事ができる可能性があります。レースに参加するのであれば、つねに落車に巻き込まれるリスクを負い、命が懸かっている事を忘れてはいけません。それだけでも落車に関わる確立は減ると思います。

Narumi Atack copy

フランスのレースで追撃集団に加わった鳴海颯(右から2人目)。自分からアタックし初めて集団から抜け出すことに成功した。しかし、この15分後単独で落車した。

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鳴海は救急車で搬送され精密検査を受けた。落車が起きたときの状況は本人の記憶に残っていない。しかし、本人は「初めての逃げで必ず決めたいという焦りで普段以上に追い込んでいたし、緊張もしていたと思う」と冷静に振り返っている。

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競りながらコーナーに侵入する清水太己。欧州での経験が豊富で集団での位置取りが上手い。


(写真と文:橋川健)

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