2018年05月26日
なぜベストを尽くせないのか ヒルクライムと高地効果の不都合な関係
「今年からパワーメーターを使いトレーニングを積んで最新のFTPも把握できた。このパワーで走れたらMt.富士ヒルクライムはかなりいいタイムがでちゃうかも!?」と鼻息あらく挑んだレース当日。どうにもつらい、ペースも維持できない。ズルズルと失速して小生轟沈…あんなにたくさんトレーニングしたし、つらいFTPテストもきちんとやり遂げたのに、なぜ本番でベストを尽くせないのか。メンタル? コンディショニング? いいえ、それはたぶん高地効果。
ヒルクライムと高地効果
もしもあなたが普段から標高1000mを超える場所に住んでいるなら、おめでとうございます! このお話はもう読まなくて結構。低地に降りたら高いパフォーマンスが得られるボーナスもありますよ。もしもあなたが関東平野など海面に近い低地に住んでいるならご愁傷様です! どうぞ続きを読んでみてください。
日常的に活動している場所よりも高い標高に移動すると、有酸素運動能力は低下します。高い山で運動すると息が苦しい、酸素が薄い、運動がつらいアレです。これを高地効果と呼びます。高地では気圧が低いため、吸気酸素分圧と動脈血酸素分圧が減少し、動脈酸素飽和度が減少し、そして最大酸素摂取量をはじめとしたいわゆる有酸素運動能力が低下します。とりあえず「血液に取り込める酸素が減って、筋肉で使える酸素が減るからパフォーマンスが落ちる」と解釈してだいじょうぶ。
これ、すごーく高い場所に限った話だと思いました?ざんねんでした! わずか標高500mでも有酸素運動能力は2%低下します。
Mt.富士ヒルクライムの高地効果
ではMt.富士ヒルクライムの場合はどうでしょう。スタート会場の富士山麓公園は標高1035m。会場を出発してすぐに現れる計測開始地点の標高は1051m。すでにこの時点で有酸素運動能力は低地に比べて6%低下しています。そこから一合目(1405m)では8%、二合目(1596m)で9%…と順調にパフォーマンスは低下し、ゴール地点(2305m)ではなんと15%低下します。
標高50mに住んでいる筆者のFTPは約200W。この場合、計測開始地点での実質的なFTPは188W(-11W)、一合目 184W(-16W)、ゴール地点では170W(-30W)にまで低下します。スタート位置ですでに10W以上低下していますから、もしも高地効果を加味せずに「FTP 200Wを超えないように慎重に走りだして…」をやっていたら、実際にはオーバーペースで走りだしていたことになります。レース本番はただでさえ興奮してオーバーペースで入りがちなのに、ネガティブな高地効果のダブルパンチを食らったらキツくなるのは当たり前ですね。
高地効果との付き合いかた
コースの標高がわかっていれば、あらかじめ高地効果による有酸素運動能力の低下を見積もることができます。つまり標高ごとの「修正FTP」を計算してペース配分に活用すれば良いのです。ただ、あまりに詳細な情報では暗記したり携帯することが難しいでしょう。一度1km刻みのペース配分表をステムに貼り付けて走ったことがあるのですが、振動と老眼でろくに読み取れませんでしたよ。それを教訓にコースをおおざっぱに3分割し、区間ごとのおおまかなターゲットパワーをまとめることにしました。3分割ていどなら朦朧とした状態でもなんとか思い出せますし、念のため自転車のステムやトップチューブに大きな字のメモを貼り付けてもいいでしょう。
※画像はイメージです
高地効果そのものの影響は”高地順化”をすることで、高地のネガティブな影響を軽減することが期待できます。しかしながらわれわれ一般人が2~3週間高地で就寝しつつ低地で仕事とトレーニングを続けるいわゆる”Living high – training low”な生活をするのは、経済的にも社会的にも家庭的にも困難です。あきらめろ。
やる気がある人向け情報
標高 x をキロメートル単位で与えると、百分率で示した高地効果 y をえられます。スマートフォンの電卓アプリを使えば、いつでもどこでも高地効果を計算できます。
ここで推定している高地効果は、トラック競技のアワーレコードで世界記録を破る最適な標高を見出そうと1999年Medicine & Science in Sports &Exerciseに掲載された論文(1)を元にしています。この論文でも述べられていますが、高地効果は個人差が大きく±5%のばらつきがあるそうです。
Mt.富士ヒルクライムのゴール地点で15%の影響を受ける人もいれば、10%程度で済む人や20%近く影響を受ける人、中にはほとんど影響を受けない人もいるかもしれません。ちなみにランス・アームストロングは標高1829mのコロラドスプリングスでも最大酸素摂取量がほぼ変化していなかったとか。どんなミラクルトレーニングの効果かわかりませんがウラヤマシイ限りです。
結論としては、高地効果をくらっても関係ないくらい有酸素運動能力を高めておけばOK。来年がんばりましょう(なにそれヒドイ)。
写真:編集部&合同会社アヘッドスポーツエンジニアリング
参考文献
(1)1999年Medicine & Science in Sports &Exercise “Comparing cycling world hour records, 1967‒1996: modeling with empirical data”
著者プロフィール
小山浩之おやま ひろゆき
コンピュータープログラマときどき文筆家。シクロクロスと個人タイムトライアルを愛するお一人様系ホビーサイクリスト。数理最適化と計算科学・ITでアスリートのパフォーマンスをサポートする合同会社アヘッドスポーツエンジニアリング代表社員。