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2024年05月31日

【ツアー・オブ・ジャパン2024】シマノレーシングインサイドレポート/ ポイント賞&山岳賞獲得! 世界へ切り込むためのヒント

国内最大のステージレース「ツアー・オブ・ジャパン2024」が5月19~26日、大阪・堺から東京・大井埠頭までの全8ステージで開催された。今大会を盛り上げたチームのひとつがシマノレーシングだろう。寺田吉騎がポイント賞、中井唯晶が山岳賞とチーム内で2枚のジャージを獲得。その激闘を振り返る。

地元・堺での好スタートで勢いをつかむ

シマノレーシングの躍動は、ツアー・オブ・ジャパン(TOJ)初日の第1ステージ堺から始まった。雨の中、総合成績に含まれない前哨戦の堺国際クリテリウムで山田拓海と寺田吉騎が逃げ切って、いきなりワンツーフィニッシュを飾る。

その勢いのまま迎えた直後の第1ステージは、2.6kmと短距離の個人タイムトライアル(TT)。ここでも昨年のU23全日本TT王者の寺田が2位、元全日本ロード王者の入部正太朗が5位、山田が9位と3人がトップ10に食い込む活躍。さらにチーム6人全員が、全95選手中上位25位以内に入る好スタートを切った。

チームを率いる野寺秀徳監督は予想以上の結果であることは認めながらも、チームのお膝元である堺で見せ場を作れる自信はあった。

直前のツール・ド・熊野(5月10~12日)でチームとして結果を一切残せなかったので、ツアー・オブ・ジャパンも正直厳しいかなと思っていたんです。しかし、堺で何としても結果を残したい。熊野でも好調さを見せていた寺田がいるから、なんとかできるだろうという意思はあったんです」

「クリテリウムでワンツーフィニッシュしたことで、チームが高い意識を持ってツアー・オブ・ジャパンをスタートできた。個人TTでもリザルトを見たらびっくりするぐらい、6名全員が上位に来れました」

初日から新人賞のホワイトジャージを獲得した寺田自身も、チームの勢いと自らの好調さを感じていた。

「どこかで結果が残せたらいいと考えていたんですが、僕は平坦が得意なので堺のクリテから全力で頑張ろうというチームの方針で始まったんです。それでワンツーフィニッシュできて、TTで2位に入れて『あれ、なんか調子いいね』ってなりました、チームの士気も高くスタートを切ることができました」

中井が山岳賞ジャージへ向けて連日の力走!

その勢いは、翌日の第2ステージ京都でも衰えることはなかった。この日は、中井唯晶が序盤から逃げに乗る。大会前は不安を抱えていた中井だったが、それを吹き払う走りだった。

「ツール・ド・熊野の前ぐらいから体調を崩していて、熊野の成績もボロボロ。TOJで何ができるかなって考えていました。自分は総合でもない、ステージは獲りたいけど、体調はどうかなっていうときにスパッと逃げに乗ることができました」

京都のコースは中井の地元・滋賀からも近い練習コースで、「どこでアタックすれば逃げができるかわかっている」と知り尽くしていた。昨年もこのステージで逃げて、兒島直樹(チームブリヂストンサイクリング)と山岳賞を争ったもののジャージには手に届かなかった。しかし、この日は2回の山岳ポイントを首位通過(5ポイントx2)し、表彰台でレッドジャージに袖を通した。

「最初から絶対に山岳賞を狙うとまでは決めてなかった。京都の作戦は総合トップ10に入れたいメンバーがいたので、その選手を後ろで休めるために僕が逃げに乗った。逃げたなら、山岳賞も獲っちゃおうかなと。京都が終わってから、山岳賞を意識しました」

中井自身クライマーではないが、続く第3ステージいなべ、第4ステージ美濃でも積極的な走りでポイントを加算し、ジャージをキープ。2位以下とのポイント差を広げ、ライバルのモチベーションを削いでいった。

続く第5ステージ信州飯田は、山岳賞首位が7ポイント、さらに3周回設定される配点が大きな正念場。その中で中井は序盤の逃げに乗って、1回目を首位通過。2回目以降は逃げ集団が割れてポイントに絡めなかったが、リードの拡大に成功した。

上りがそんなに得意ではないので、抜け出すのは厳しかった。1回でもポイントに絡めたのはよかったと思っています」

第7ステージ相模原のスタート。レッドジャージの中井唯晶、ブルージャージの寺田吉騎は最前列に整列
相模原ではチームメイトの風間翔眞(集団先頭)、入部正太朗(集団最後尾)が逃げに乗り、中井をアシストするかたちに

難関の第6ステージ富士山は下位でゴールし、山岳賞争いの大詰めとなる第7ステージ相模原へ。ところが、中井自身は連日の逃げで疲労もたまり、逃げに反応できない。しかし、チームメイトの入部が逃げ集団に入り、ポイントをつぶした。このチームプレーによって中井の山岳賞が確定した。

山岳賞を確定させ、笑顔を見せる中井(写真右)

表彰台でレッドジャージを身に着けた中井はホッとした表情を浮かべた。

「今日は本当にスタートから体が動かなかった。(山岳賞2位のニコラス)ヴィノクロフ選手(アスタナ・カザクスタン・ディベロップメントチーム)を見ていればよかったけど、僕も逃げを外しちゃった。入部さんが阻止するかたちで(山岳ポイントを)取ってくれたので、それで安心して気が抜けました。経験あるベテランに頼りっぱなしでしたね」

「去年は兒島選手と争って、今年は争う選手がいなかったのですが、でも毎日逃げに乗ったりするのは結構きついので、成長できているのかなと思います。一度も誰にも渡すことなくて最後まで着れたので本当よかったなと思います」

昨年はJプロツアーでランキング1位となり、ルビーレッドジャージを獲得した中井。このTOJでも赤いジャージを手に入れ、次に目指すのは栄誉ある日の丸のジャージだ。

「クライマーじゃなくてもTOJで山岳賞を獲れることを証明したと思う。次の目標は全日本選手権。チャンピオンジャージを獲りに行きます!」

中井と母校・京都産業大学の木村圭佑監督。シマノレーシングOBの木村監督は、学生チームとして部を率いてTOJに参戦していた

オフシーズンからの取り組みとレースカテゴリーの変化

昨シーズンはJプロツアーで個人・チームの両ランキングで1位に輝いたシマノレーシング。今季も開幕から勝利を重ね、若手中心のチームで活躍を見せている。

野寺監督は、好調の要因にオフシーズンからの取り組みを挙げた。選手各自で自転車以外にウエイトなどのフィジカルトレーニングを取り入れてきた。さらに疲労のコントロールにも注意した。パワーメーターで計測されるストレスレベルだけでなく、移動や私生活などの日常的なストレスにも細心の注意を払った。

「合宿に向けて確実にトレーニングを積み上げるために、個々の疲労に注力して潰れないようにしようという方向性でやっていました。乗り込みが少なくなるという不安もあったが、大きく体調を崩す選手も少なくなったと感じています」

「TOJに向けては、その直前に熊野が入ったことで今までやってきたベーストレーニングの最後の仕上げのようなかたちになって、最高の状態でスタートラインに立てたんじゃないかと思っています」

またチーム内のSNSで、選手たちがトレーニングの情報を共有。最先端の科学的トレーンングについても理論だけでなく経験を交えて議論し、知識を深めつつチーム内のコミュニケーションも活発になったという。

今年のTOJは、レースカテゴリーが2.1から2.2へと1ランク下がったことも、大きな変化のひとつだった。上位カテゴリーのワールドチームやプロチームの参戦はなくなり、コンチネンタルチーム中心のスタートリストとなったことで、日本勢にも活躍のチャンスが増えたように見えた。

とはいえ、野寺監督は各チームのエースクラスのレベルは例年と比べて大きな変化はなかったという。実際、上位勢はワールドチームやプロチームの所属経験もある選手も多く、総合首位のジョバンニ・カルボーニ(JCL TEAM UKYO)を始めグランツール出場経験のある選手も複数いた。しかし、レースの戦い方には少なからず違いも生まれていた。

「もちろん各チームに強い選手がいるんですけど、チーム単位で圧倒的な力を持つところはほとんどなかったように見えましたね。今までだったら総合エースを守るため強いチームが引けば、また振り出しに戻るという予想がつきやすかったんですけど、今年のレースはけん引に失敗して逃げが決まってしまう展開もあり、ある意味予想しづらい、より混沌としたレースになった印象があります」

実際、いなべ、美濃、信州飯田、相模原の4ステージで少人数の逃げが決まったこともそれを裏付けている。

「強いチームがいないからレベルが低かったかというと、実は平均速度はものすごく速かったらしくて、より難しいレースになりました。ただその中で、チャレンジできる部分、隙っていうのもレースの所々に見えていて、そこをうまくシマノレーシングの選手が見過ごさずに活躍してくれた印象がありましたね」

シマノレーシングの野寺秀徳監督、ちびっこファンとも触れ合う

僅差のポイント賞争い 自らのスピードとチームプレーで寺田がつかみ取る!

堺の個人TTで2位と好発進した寺田は、第2ステージ京都でも集団スプリントで5位に入り、新人賞のホワイトジャージをキープ。第3ステージいなべは先頭集団が逃げ切ったことで、ホワイトジャージを明け渡すが、第4ステージ美濃では中間スプリントを一度首位通過した後、フィニッシュでも5位(2人が逃げ切り、集団内で3番手)に入る。この結果、今度はポイント賞トップに立ち、新たにブルージャージを獲得した。

「僕はクライマーじゃないので、(総合成績で)富士山で遅れるのはわかっていたので早めに新人賞からポイント賞に切り替えたのがよかった。美濃では結果5位だったんですけど、集団スプリントで3位に入れたのが個人的に嬉しかったです」

しかし、この時点でリードはわずか1ポイント。翌日の信州飯田ではポイントに絡めず、総合首位のカルボーニがポイントでも首位に立つが、寺田は繰り下げで引き続きジャージを着用。第6ステージ富士山では、あざみラインの激坂区間に入る前の平坦区間で逃げて中間スプリントでポイントを加算し、再び1ポイント差でジャージを奪い返す。第7ステージ相模原でも中間スプリントとフィニッシュでポイントを積み重ね、トップを死守した。

「明日でジャージがひっくり返るかもしれないので、また気を引き締めて笑顔でゴールを迎えられるより頑張りたいなと思います」

迎えた最終日の第8ステージ東京。相模原で中井の山岳賞が確定し、シマノレーシングに残されたミッションは、東京での寺田のポイント賞獲得。チーム一丸となってひとつの目標に向かった。

東京はゴールで最大25ポイント、中間スプリントは最大5ポイントx3周回設定され、計算上は合計40ポイント獲得可能。寺田と2位カルボーニはわずか3ポイント差で、ワンチャンスで逆転される可能性も。しかし、カルボーニは総合首位を守るため東京でスプリントに絡んでくる可能性は低い。一方、3位のマックス・ウォーカー(アスタナ・カザクスタン・ディベロップメントチーム)とは9ポイント差で、堺と相模原でステージ優勝を挙げているスピードのある選手だけに最大限の警戒が必要となる。

「上位に絡む選手は数人しかいないので、別にそんな難しいことじゃない。最後のゴールは、そんなこと考えず一つでもいい順位を獲るために最終コーナーを曲がる感じですね」と寺田は見すえつつ、最終日の戦いに臨んだ。

シマノレーシングの選手たちは、ポイント賞上位選手のゼッケンとポイント差をステムに貼り、ライバルをマークした

シマノレーシングの選手たちは、スタートから集団先頭で隊列を組んで、危険な逃げが飛び出さないように徹底してマーク。結果的に1回目と2回目の中間スプリントは逃げが決まらず、寺田がどちらも首位通過し、10ポイントを追加。リードを広げた。

寺田を守ってトレインを組むシマノレーシング
チームスタッフも全力でサポート。ボトルを渡すのは2年前まで現役だった尾形尚彦チームアシスタント

その後、ポイント上位に絡まない選手たちの逃げが決まったが、最後は集団がまとまってゴールスプリントへ。寺田は9位だったものの、これまで蓄積したポイントとチームワークで最終的に2位と14ポイント差となり、表彰台でブルージャージに袖を通した。

左から山岳賞の中井、ポイント賞の寺田、総合優勝のカルボーニ、新人賞のヴィノクロフ

「8日間というステージレースが初めてで、最初はポイントジャージやホワイトジャージを着れるとはまったく想定してなかったので、この東京まで来れたことに自分でもびっくりしてますし、今、ポイントジャージを着れてることはすごくうれしく思います」と喜びを表した寺田。

ミーティングでは、中間スプリントを獲った方が確実にジャージがキープできるということになった。理想的な展開で前でトレインを組むことができたので、チームがあってこその今日のジャージ。いい位置取りができたりとか、ポイントかかるところでちゃんと集団でまとめてくれたりとか、チームに助けられた部分が多かった」とチームへの感謝を続けた。

中学時代から浅田顕さん(シクリズムジャポン代表)にその才能を注目されていた寺田は、高校卒業後、福島晋一さんが代表を務めるボンシャンスACAのプログラムでフランスに渡った。2年間、ホームステイしたりしながら、現地のクラブチームでレースを経験。しかし、寺田にとっては苦しいことの方が多い時期だった。

「フランスでやっていた時は教えてくれる人がほとんどいなかったので、練習環境や食事管理とか、すべて自分1人でやっていて精神面でもつらかった」

昨年シマノレーシングに加入し、徐々に才能の片りんを見せ始め、U23全日本TTを制覇。今季も志布志クリテリウム、富士クリテリウムチャンピオンシップ、西日本チャレンジロードで立て続けに優勝を挙げる活躍を見せている。

「シマノレーシングに入って、野寺監督や入部さんとか先輩方にいろいろやり方を教えてもらって、すべてが変わりました。シマノレーシングに入ったことが大きいことです」

寺田はTOJでもっとも活躍した日本人U23選手に授与されるRTA(ロード・トゥ・ラブニール)賞も浅田顕さんから贈られた

現時点で一番の目標は、U23のツール・ド・フランスと呼ばれるツール・ド・ラブニール出場だ。

「近い目標では、来月の全日本選手権のアンダー23のTTとロードの優勝を目指して頑張りたい。夏にあるツール・ド・ラブニールにも出場して成績を残したい。今年がアンダー4年目の最後の年で、ラブニールをシーズン最大の目標にしています。TOJより1段階、2段階も上のレベルの選手たちが何十人も出てくるさらに厳しい戦いになると思うので、8月に向けてトレーニングを積んで、準備していきたいと思います」

さらにその先の将来も見据える。

「ヨーロッパでも活躍したいし、トラック競技もやったらもっと持ち味が生きるかなと思っています。(TOJで)スプリントでも上位で戦えることがわかったので、もっと強みを伸ばしていきたいですね」

集団内で築き上げたリスペクト

TOJでの日本人選手の山岳賞は2022年の小林海(マトリックスパワータグ)、ポイント賞は2021年の川野碧己(弱虫ペダルサイクリングチーム)以来。この2年間はコロナ禍で短縮開催だったため、それ以前にさかのぼると山岳賞は2018年の鈴木譲(当時・宇都宮ブリッツェン)、ポイント賞は2012年の西谷泰司さん(愛三工業レーシングチーム)以来となった。

シマノレーシングの選手によるTOJ4賞ジャージ獲得は、1997年の第2大会での住田修さんの山岳賞以来、実に27年ぶり。また同一チームの異なる日本人選手2人がジャージを獲得したのは史上初の快挙だった。

野寺監督は「中井の山岳ジャージについては、2日目の京都から動いてポイントを重ねていって、周りの選手にどんどん興味を失わせていった走りは素晴らしかった。ポイント賞の獲得はかなり難しいという印象があるので、最後まで守り切った寺田とチームメイトの走りは素晴らしかったと思います」と選手たちを称えた。

集団先頭でトレインを組むシマノレーシング。8日間通して強さを見せた証でもあった

またジャージをかけて争う中で、集団内で他チームからも一目置かれる存在になったという。

「選手がすごく誇らしく言っていたのが、この8日間戦っているうちに他の海外選手からのリスペクトが変わったということ。集団内の位置取りも、前半ステージと終盤のステージでは周りの選手が無理やり押しのけてポジションを主張してくることが減って、お前らは強いからここ獲りに行けとか、お前らここ入っていいよとか本当に強いチームの一つとして完全に認められてくれた感覚があったようなんです」

「そういう小さなことの積み重ねをやっていくと、ロードレースは勝つチャンス、活躍できるチャンスがどんどん増えていくと思うので、諦めずに自分たちの持っている力を発揮できれば、もっともっと世界に切り込んでいくチャンスはあるんじゃないかなと思います」

世界との差を埋めるためのヒント

TOJの意義のひとつが、日本やアジアから世界の舞台で活躍する選手を輩出すること。ただ先日、野寺監督がTV解説に出演したとき、トラック競技と比べてロード競技は世界のトップとの差が大きいという話をしていた。このTOJでその差を縮めるヒントは見つかったのだろうか?

「エンデュランス能力では、シマノレーシングの選手が世界に通用するためにはまだまだ低いとは思っているんですが、ただ戦略やスピードを活かして世界に切り込んでいくことは近づいてきている気がします」

「近年、ブリヂストンの選手がトラック中距離で世界にスピードで切り込んでいっている。今回、トラック競技を専門でやってこなかった寺田のような選手でも、彼らに負けないぐらいスピードを発揮できるというのが証明できた。日本国内のロードレースで体の大きな選手がスピードを活かして戦う場面も多くなってきたので、いろいろな選手にチャンスが巡ってきている印象です。国内のレースを戦う中でも、世界との差を縮められる部分があるはずだというのは、今回のツアー・オブ・ジャパンでちょっと見えたところかなと思います」

今回のツアー・オブ・ジャパンで芽生えた希望が世界でどのように花開くか、まだまだ時間はかかるかもしれないが、楽しみな要素が増えてきているようだ。

8日間、一人も欠くとなく東京まで駆け抜けたシマノレーシングの選手たち。左から山田拓海、石原悠希、中井唯晶、寺田吉騎、風間翔眞、入部正太朗

写真:光石達哉

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