2018年12月13日
【TEST】レポート:小山浩之「速度と走行抵抗を用いた屋外自転車競技場での走行抵抗係数の推定」
福田レポート対する小山さんのギークでナードなレポートをお届け。お二人の考察を比較するとなかなか面白いですよね。
概要
高速で走行するロードバイクは常に空気抵抗と戦っています。ライダーは「いったいどんなポジションがエアロなのか?」を意識しつつ走り、市場にはエアロダイナミクスをうたうホイール・フレームやスーツ、ヘルメットなどなど様々な製品が溢れています。メーカーの広告で語られる空力効果は、風洞やCFDを用いているため私たち一般サイクリストがその効果を定量的に確かめることは困難です。
しかし、風洞やCFDには及ばないものの環境条件を整えて速度とパワーを計測することで、空気抵抗や転がり抵抗を推定することはできます。今回、平塚競輪場400mトラック、いわゆる屋外自転車競技場を利用して、速度とパワーの関係性を分析することで空気抵抗係数と転がり抵抗係数を推定する通称”Regression method”を実際に実験してみました。
実験方法
屋外自転車競技場を下記の装備で、一定のポジションで走行を行います。
フレーム: Cannondale Slice RS(2013, 50サイズ)
エアロバー: USE Tula with Aero Pods(38cm)
ホイール: Zipp Super 9, Veloflex Record Tubular 22mm 8.0bar
ホイール: HED GT3 Dugast Speed diamond silk 22mm 8.0bar
ヘルメット: Kask Bambino
スキンスーツ: Bioracer SpeedConcept TT with Nopinz (2017XS)
ソックス: Nopinz/Aerocoarch Aerosockz
シューズ: Giro Empire ACC
実行
速度は、トラックを安全に走行できる下限の目安速度25km/hから、被験者(小山)が約2分間安定して速度を維持できる約40km/hの間で実験します。周回数はパワーメーターのサンプル数が100点前後に収まる周回数としました。
1番 25km/h, 2ラップ, 115秒
2番 28km/h, 2ラップ, 103秒
3番 31km/h, 3ラップ, 139秒
4番 34km/h, 3ラップ, 127秒
5番 37km/h, 3ラップ, 117秒
6番 40km/h, 3ラップ, 108秒
1~6番の計測をランダムに実行することで、風などの外乱の影響を誤差として扱います。
それぞれの計測に際して、実験速度までの加速と速度の安定のために+1~2周。計測完了後の停止に+1周を要します。
速度についてはトラックのゴールラインにビデオカメラを設置して、前輪が通過するタイミングを元に経過時間を計測します。ラインどりによる走行距離のばらつきは誤差として扱い、
速度[m/s] = 400m x 周回数 / 経過時間[seconds]
この式を元に速度とします。
計測結果を元に速度と走行抵抗(パワー/速度)を回帰分析することで、走行抵抗から転がり抵抗係数(Crr)と空気抵抗係数(CdA)を分離・推定します。
また、同様の条件で実験を2回実行して、実験の再現性を確認します。実験番号をダミー変数として回帰分析を行い、2つの実験結果に差異があるか否かを統計的に判断します。
結果
1回目の実験では
空気抵抗係数 CdA = 0.223±0.031(95% CI)
転がり抵抗係数 Crr = 0.0033±0.0026 (95% CI)
2回目の実験では
空気抵抗係数 CdA = 0.21±0.014 (95% CI)
転がり抵抗係数 Crr = 0.0048±0.0011 (95% CI)
という結果が得られました。Crrの推定値がかなり異なりますが計測値のばらつきを加味すると、統計的には二つの実験に「差があるとは言えない」という結果でした。
まとめ
屋外自転車競技場で速度と走行抵抗を回帰分析することで、空気抵抗係数と転がり抵抗係数の推定値を得ることができました。
計測の際の環境変化やばらつきによって、転がり抵抗係数が大きく変化してしまうことがわかりました。
また、推定した転がり抵抗係数の95%信頼区間が大きい(±0.001~0.002)ため、この方法によるタイヤの選定は難しいことがわかりました。
空気抵抗係数は比較的安定した値を推定できることがわかりました。
しかし空気抵抗係数も95%信頼区間は±0.01~0.03という大きさであり、これは10kmのタイムトライアルでは12~35秒差になるような大きさです。おおまかなポジションや大きな機材変更の比較には利用できると思われますが、非常に小さな優劣を求めるような場面での利用は難しいと考えられます。
また、トラックのコーナーには傾斜があり一定パワーで走行していても、コーナーでは速度が増加してしまい、一定速度・一定パワーでの計測が厳密には行えていません。こちらは傾斜の影響を加味したモデルを応用することで改善できるかもしれません。
取材協力:平塚競輪場
写真:山本健一
文:小山浩之 https://sportsengineering.co.jp/
関連URL:福田昌弘さん(ハムスタースピン)のレポート
https://funride.jp/report/test_to_test_aero_hamsterspin/
著者プロフィール
小山浩之おやま ひろゆき
コンピュータープログラマときどき文筆家。シクロクロスと個人タイムトライアルを愛するお一人様系ホビーサイクリスト。数理最適化と計算科学・ITでアスリートのパフォーマンスをサポートする合同会社アヘッドスポーツエンジニアリング代表社員。