2019年08月22日
執念 〜入部正太朗、2019年全日本選手権優勝への軌跡~(前編)
「阿吽の呼吸」で集団コントロール
前半のアタックのチェックは、主に中井唯晶が反応。4周目にできた9人の逃げにも、しっかり抑え役として入った。今季シマノレーシングに加入したばかりの22歳だが、全日本の3週間前の那須塩原クリテリウムでJプロツアー初優勝を挙げるなど、チームの中でも一番勢いのある選手だ。
入部は「危険な大きい逃げには自分でも反応していたけど、それ以外は中井がほとんどひとりでやってくれて、途中9人の逃げもしっかり入ってくれた。なんで中井にお願いしているかといったら、彼は強くなってきているんでスプリントがあるんですよ。だから、逃げ切った場合の勝負でも、中井が適任だったんです。彼に助けてもらって、僕はほとんど動いてないです」と、中井の働きぶりを称えた。
5周目、中井を含む逃げの9人をさらに9人が追走。この中にはシマノレーシングから湊諒が入った。さらに、入部、木村も合流し、一時30人ほどとなった先頭集団にシマノレーシングは4人が入った。
「僕らは4枚いて、このまま行っても後手は踏んでなかった。常にに完璧な状態にいましたね」と。大逃げを許した昨年の反省を踏まえた動きが完璧にできていた。
しかし、その後も後方から選手が合流し、7周目には60人ほどの集団にまとまりレースは振り出しに戻った。
この時間帯は、石橋学、黒枝士揮、徳田優らチームブリヂストンサイクリング勢がアタックを繰り返す。8周目には徳田が単独で抜け出し、ようやくレースが落ち着き始めた。
ここで集団のコントロールを始めたのはシマノレーシングだった。中井と黒枝咲哉が前に出てローテーションし、ペースを作る。これはチームカーの野寺監督からの指示ではなく、選手たちの判断だった。すでに3人を失っているシマノレーシングにとっては、負担の大きい仕事にも見えた。
しかし、野寺監督は「昨日のミーティングからレースを投げない、雑にならない、最後まで集中力を切らさずに走る、ここだという場面では入部の指示を待たず動けと話していた。不安な気持ちがひとつもなかったわけではないが、彼らを信じていた」と選手たちの積極的な走りにすべてを託した。
選手たちも確信を持ってレースを進めていた。
「徳田選手の逃げが決まってからは、特に話さなくてもスーッとみんなが阿吽の呼吸で集まってきて、コントロールしてくれた。会話がなくても、『じゃあ、頼む』という状態になりました。中井は前半かなり脚を使ってくれたんですが思っている以上に強くて、咲哉もすごくいい状態でした。前は1人なんで、焦らずに自分たちのペースで引くのを完璧に2人でこなしてくれた。スピードが遅すぎたら後ろからアタックする選手が出てくるかもしれないけど、2人のけん引が絶妙なペースのおかげで、隊列がまとまりました」と入部は2人のレースコントロールに安心して身をゆだねた。
入部自身は「前がきついか、後ろが楽か」と位置取りを考えていたが、木村が集団内を行き来して「後ろは伸びてて、きついです」と確認してくれたおかげで「前が間違いない」と確信を持てた。
木村は「ここでチーム力を使うのはマイナスかなと思いがちだけど、集団の後ろは伸び縮みしてきつかったので、2人の仕事は大きかった。残りの3人(入部、木村、湊)が後半に向けてしっかり脚を残せたし、集団の人数を絞り込むこともできた。やっぱり集団をコントロールしたチームが最後に勝つんですよ」と自らの判断に迷いはなかった。
入部も数的不利になる状況を恐れていなかった。
「状況を見ても、あの時点で5人中2人がけん引に入っているので、その次の展開に備えているのは3人だけ。ブリッツェンは僕らよりはるかに多い人数がいて、BSも徳田選手以外は後ろにくっついているわけですけど、僕らはそこまで焦ってなかったですね。みんな一緒に練習してきて、お互いの状態をわかっていて、いい意味で自分たちに自信を持てている部分もあった。多少なりとは不安はあったと思うけど、腹をくくってますね」
好調の中井は「自分が前で動くことでチームメイトが後ろで楽できるように展開していきました。逃げもひとつもチェックを外さないぐらい動けていて、1人逃げになってからもきっちりローテーションできました」と持てる力を存分に発揮していた。
プロ初勝利を挙げたばかりの中井(集団先頭)は、逃げのチェックと集団けん引に精力的に動いた
スプリンターの黒枝は、シマノレーシングの中でも入部とともにエースの重圧を知る選手だ。チームメイトにアシストしてもらって勝ったレースもあれば、アシストを受けても勝てないレースも何度も味わってきた。
さらに1カ月前のツアー・オブ・ジャパン最終日の東京ステージ、ゴール前のスプリントで落車し、全身に擦過傷と打撲を負った。この全日本に向けても打撲の影響を残していたが、「いつもスプリントでチームメイトにアシストしてもらっているんで、今日は自分が率先してアシストして勝利につなげたかった。あまり集団引いたりないんで、足をつりながら限界になるまで引いたけど、ミーティングで監督からも『限界になってからもう一歩行ける』と言われてたんで、それを心に思いながら頑張りました」と決死のけん引を見せた。
スプリンターの黒枝は慣れない集団コントロールの仕事を献身的にこなした
ミーティングで野寺監督は、「アシストを使うときは、迷わず思い切って使え」とも入部に指示していた。しかし、入部がレース中に下したチームメイトへの指示は最小限だった。実は入部自身はエース、アシストという言葉を使うのも好まず、「中心でやらしてもらっている」「支えてもらっている」という表現をよく使う。彼の優しさ、そして自らの成績を犠牲にして動いてくれるチームメイトへの感謝の気持ちから来ているのだろう。
「チームメイトを使うとか、駒とかいう言い方は嫌なんです。みんながやってくれる、助けてくれるというとらえ方です。僕から指示しなくても、去年の失敗とかもふくめて、みんながレースの経験を積んで流れをわかってきているから自然にできるんです。知らないところで木村キャプテンが指示出してくれたかもしれないけど、僕からは『150km地点ぐらいまでは咲哉と中井やってもらいたい。自分たちのペースでコントロールしてくれ』とは言いましたが、そのほかにはないですね」
著者プロフィール
光石 達哉みついし たつや
スポーツライターとしてモータースポーツ、プロ野球、自転車などを取材してきた。ロードバイク歴は約9年。たまにヒルクライムも走るけど、実力は並以下。最近は、いくら走っても体重が減らないのが悩み。佐賀県出身のミッドフォー(40代半ば)。