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2019年10月22日

【武井きょうすけさんインタビュー】フィロソフィー、そしてコーチの使命とは

パーソナルコーチとしての心がけていること

やっぱり本気でやることですよ。

私たちは、失敗をしたのは全日本。もう一つは世界選手権なのです。與那嶺選手のタイムトライアルの成績は、29位は順位だけ見ると平凡ですが、コースコンディションなどいろいろなことを含めて、前後にスタートしたワールドツアーの選手たちの順位を見てみても非常に良い順位だと考えています。さらにいうとワールドツアーでトップ10に入る選手とそれほど変わらない位置です。與那嶺選手と私の感触では、体の仕上がりもぜんぜんいける。安全にレースを思っていました。レース中盤のロフトハウスという上りで、メイン集団に30名ほど残っていました。その中で接触を起こし落車。バイク交換となったのですが、ペダルに互換性がなかった。

今日はいけるから慎重に単騎なので隠れてレースを運ぶ。
そのときの危険予知だったり、上りの途中に他のヨーロッパのチームはスペアバイクを置いていた。そこは車両が一台しか通れないことがわかっていた。與那嶺選手のようにトラブルがあったらレースが終わってしまうということを予測していました。
私たちもスペアバイクを3台用意していました。しかしサポートカーのすべて載せていたんです。コースを何度も試走していく中で、危険だということはわかっていたのですが、まさかそこで何かのトラブルが起こるということを私は想定していませんでした。
他国のNFは経験があるので、狭い道でスペアバイクを用意するのは当たり前のことなんです。機動力も資金もあるので当たり前に準備をする。ところが、日本のNFは過去の蓄積はできない。これは組織体制から仕方がないことだと思っています。
私がこの坂に到着したとき、各国のスペアバイクが並んでいました。しかし思考が一瞬止まってしまって。すぐに電話をして、ここにバイクを持ってくるように要請をすべきでしたが、すでにレースは始まってしまっていた。
チームカーは30人のメイン集団が通り過ぎてから、5分後にやってきました。ここでレースは終わりました。

あそこまで調整もうまくできていて集中もしていて、万全の準備をしていたとしても、私自身の能力と考える力と想像力だと、もう一歩進んだNFに本来根付いている戦うための文化までは落とし込めていない。140kmのレースのたった5kmの坂で私の気が抜けていた。
これはすごく悔いが残っています。失敗をしたな…と。
本当に彼女には申し訳ない。本当に真剣にやっていますから。

選手は選手の仕事を全うしたい。これはパフォーマンスを高めるということですよね。彼らのパフォーマンスのために何ができるか、ということを考える。今回は私ができることも限界でした。仲間は4名いました。しかし私のようにプロではない。それぞれに課せられた仕事はありましたが、あの坂の危険性に気が付いて、嗅覚を信じてスペアバイクを置くことができたかもしれません。レースに送り出せるコンディションを作れて、私もホッとしてしまった。そこまで気が回らない部分もあった。

 

世界ではTTなどのパワーのマネジメントが進んでいると思います。特にアメリカやオランダの選手など……。選手の育成のトレンドが変わってきている気がしますが、リアルな現場で感じ取れるところを教えてください。

アメリカに関しては、2015年に行われたリッチモンドの世界選手権が開かれたあと、NFが寄付金を集めだした。アメリカチームは母国開催にも関わらず、成績は振るわなかった。お金を集め、優秀なコーチを招集し、今は実りの時期を迎えています。あの時から育て始めたジュニア選手たちが芽を出して、今回の世界選手権は最多メダル獲得を達成したのではないでしょうか。それをヨーロッパサーキットで成し遂げるのは快挙だと思います。
そこは特にタイムトライアルに関しては、非常に分析をしているし、アドバンテージを持っている。アメリカの選手たちはワールドツアーにあまり出ないです。そのぶん身体はシーズン終盤でも磨耗していない。ナショナル選手権や世界選手権、大陸選手権のみに基本的にフォーカスするんです。ピークパフォーマンスの作り方としても正解なんですよね。ヨーロッパでワールドツアーを走っている與那嶺選手などはシーズン序盤に体を作りますが、終盤はパフォーマンスが落ちてきて、レースデータを見ても最大出力はレースを重ねるごとに下がっているのは明白です。そんな状況ではもちろんフレッシュへは戻りません。その状態で世界選手権を走るのと、“3回だけピークを作ります”というのではまったく違います。
世界選手権のタイムトライアルではクロエ・ダイガート選手に抜かれましたが、下りのテクニックが凄まじく高い。車一台しか通れない道でDHバーを握ったまま。私も怖くてあんなスピードで走れません。そういったトレーニングも行っているのでしょう。なにしろ同じ日に行った男子U23個人TTでも9位のタイムでした(U23で10位以内に入る選手はプロに入るかどうかのレベル)。しかも女子エリートのほうがコースコンディションが悪かった。これは驚異的です。
しかしながら女子選手でも開発をすればそのレベルまで到達するという証明ができました。

オリンピックに向けては、私たちもそういったコンディションの作り方をしていくつもりでいます。彼女もそこが最大の目標として捉えています。オリンピックまでのひと月はレースには出ず、雑音を入らない環境でトレーニングに集中する予定ですね。

 

與那嶺選手はオリンピック後に引退を示唆していますが、その後もコーチをつづけますか?

私が真剣なので、與那嶺さんくらいに真剣な選手に出会えて、パーソナルで本気でやりたいという選手がいれば、共に歩むと思う。しかし家庭もあります。小さい子供もいますから(笑)。無理かもしれません。
でも真剣な選手に出会えたらまた心に火がつくとは思います。

オリンピックで結果を残して、本人(與那嶺さん)がもうちょっとやりたいと思ってくれれば、私も続ける理由ができます。そういうパフォーマンスで送り出すのが私の仕事ですよね。

 

 

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與那嶺選手(中央)のトレーニングの合間にインタビューをさせていただきました。  左の人物は国内でフィジカルトレーナーを務める土居進氏(株式会社スカイライブ)

 



武井きょうすけ●たけいきょうすけ

1978年生まれ 千葉県出身。
2004年SDA王滝100km優勝
2006年ツールド沖縄 市民200km 優勝
2009年ツールド沖縄 市民200km 優勝
2010年MTB 世界選手権/アジア選手権 日本代表
2013年アメリカ コロラド リードビル・トレイル 100マイル 6位
2014年 UCI Asia Tour Tour de Ijen ステージ1 優勝、
全日本マウンテンバイク選手権クロスカントリー優勝 、MTBアジア選手権大会 3位
2016年選手引退。以後、コーチングに専念する。

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写真:小野口健太

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