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2020年04月30日

「この危機にさらに強くなる」NTTプロサイクリング入部正太朗の終わりなき挑戦(後半)

「テレコーチング」で強くなるしかない!

ローラー台でトレーニングを続ける入部。日々、データをやりとりしているコーチが適切なメニューを送ってくれる。©️Shotaro Iribe

ステイホームで有酸素能力の向上に取り組む入部のトレーニングを支えるのが、コーチの存在だ。NTTプロサイクリングには専門のコーチが5~6人在籍し、それぞれ選手数人ずつを担当している。入部を担当する英国人コーチは、先ほども触れたようにイタリアでは近所に住んでいた。遠く離れた今もテレワークならぬ「テレコーチング」で日々、細かな指導やアドバイスを送り続けており、入部も全幅の信頼を置いている。

「コーチとは毎日のように連絡を取っています。彼が僕のパワーデータ見て、僕の強化すべき点、有酸素系にメインにした練習メニューを立ててくれます。コーチのメニューをリスペクトしていて、楽しくできるし、向上を感じられる。すごいありがたいです」

入部とコーチを繋ぐのが、NTTプロサイクリングのシステムだ。スマートフォンのアプリなどを活用してオンラインでデータのやり取りをしたり、コミュニケーションをとったりしている。

NTTとそのグループ会社であるディメンションデータは、ツール・ド・フランス主催者A.S.O.と公式テクニカルパートナーシップを結び、速度やパワーなどのデータを中継映像に表示してきた。昨年からは、ツールの中継映像にもNTTのロゴが表れているのを目にした人もいるだろう。

NTTプロサイクリングはこうしたNTTグループのノウハウをもとに、世界中でレースやトレーニングを行う選手を管理するシステムを運用。それが新型コロナの影響で、選手たちが自宅でのトレーニングを余儀なくされる現在も有効活用されているのだ。

「NTTプロサイクリングは、テクノロジーやデータを駆使して強くなることに積極的に取り組んでいます。チームで使っている共有アプリでは、僕が練習したらそのデータがアプリに落ちて、それをコーチはすぐに確認できるようになっています。毎日、体調や疲労度を自己申告し、睡眠時の心拍数のデータも提出しています。それをもとに、例えば僕の場合、時差ボケの疲労が何日で抜けるとかもフィードバックしてくれます。ランカウィの後も適切な回復期間を考えてくれました」

コーチはこうして集めたデータを解析し、選手それぞれに向けたトレーニングメニューを更新する。

「練習メニューは送ってくれるけど、こっちの言うことも尊重してくれて、僕がやりたいこと、トレーニングの楽しさも重要視してくれます。例えば、まだ外で走れる時期に『知り合いが誘ってくれたから何人かで走りたい』と言ったら、淡々と走るメニューに変えてくれます。コーチとはいい信頼関係を築けていると感じています」

それでは、現在のトレーニングはどのような内容で行っているのか。

「練習は2~4日やって、1日休むペース。1日でローラー台に乗るのは3時間前後。それプラス、基礎的な体の強化のため、毎日コア(体幹)トレーニングを30~40分ぐらい、昔より量と強度を増やして取り組んでいます。実質、準備含めて多い日は4時間ぐらい練習しています」

練習に集中できる期間だからといって、回復をおろそかにしてはならないというのはコーチと入部の共通認識だ。

「たとえば3週間みっちり練習したら、コーチからは『この3週間しっかりトレーニングを積み上げました。なので、次の1週間で吸収できるようにしっかり体を休ませる必要があります』みたいに言われます。『回復の期間に吸収する』という言い方をコーチはよくするのですが、つまり回復のときに強くなるのがトレーニングの基本だということです」

ここまでのトレーニングに入部は、早くも手ごたえを感じている。

「成果は少しずつではありますが感じています。去年と比べても『このしんどさでこのパワー出たっけな?』と感じることは多々ありますし、チームに加入した4カ月前と比較してもパワー、能力の向上を感じています。逆に言うと、過去にないぐらい強くならないといけないというレベルの練習メニューをやっています。僕も力をつけたいので妥協していないし、集中できている。まだレースを走っていないけど、強くなっていると思いたいです」

練習以外の生活についても「食事も気をつけているし、毎日同じルーティーンで似たような時間に起きて、似たような時間帯にトレーニングして、回復の時間を取って10時間ぐらい寝ています」とトレーニング中心にすえている。

そんな入部のトレーニングに適度なアクセントを与えているのが、ヴァーチャルライドのZwiftだ。

「NTTプロサイクリングに入ってZwiftのアカウントを作ってもらって、帰国してローラー生活が始まってから本格的に使い始めました。誰かと一緒に走れたりするので、楽しいですよ。育成ゲーム的なところがあって、走ると新しいアイテムをゲットしたり、レベルが上がったりするのも、おもしろいですね。NTTもZWIFTでグループライドしているので、予定が合う日は参加します」

屋内トレーニングが増える中、注目度が高まるZwift。入部も楽しんでいる©️Shotaro Iribe

とはいえ、屋内トレーニングばかりの日々はストレスを感じないのか? あらためて入部に聞いてみた。

「それがまったくないんです。もちろん世界の状況に関しては、胸が痛い気持ちにはなります。しかし、自分がすべきこと、トレーニングに関してやるべきことのモチベーションは何ひとつ下がることはない。ずっとポジティブです。理由としては、練習しかできない状況だから、外に出かけるわけでもなく、練習と回復に徹している。だから、強くなれると信じています。強がっているわけではなく、全然ストレスはなく、次に走れるときを楽しみにして、目標に向かってできています」

ファンにとって残念なのは、昨年獲得した全日本チャンピオンのジャージを着て走る機会が減っていることだ。しかし、入部はそのことにも落胆していない。

「チャンピオンジャージを着て走りたい気持ちはもちろんあるから、また全日本選手権で勝てるようにがんばりたい。決して簡単なことではないけど、それが今後のモチベーションになっています。自分が今ここにいるのはみんなおかげ。(シマノレーシングの)野寺監督。去年のチームメイト、応援してくれる人たちのおかげです。この状況が早く収束することを願っているけど、自分にできることは安全な範囲でしっかりトレーニングに集中することなので、そこの意志は固いです」

あくまで前向きな気持ちを失わない。新型コロナの危機を世界が乗り越え、レースが再開されたとき、ひと回り力強くなった入部を見ることが楽しみだ。


NTTプロサイクリングの「Be Moved」キャンペーン

新型コロナウィルス感染拡大で世界中の人々が困難な時期を過ごす中、NTTプロサイクリングは「Be Moved」キャンペーンを展開している。「Be Moved」には「心を動かされる、感動する」の意味もあり、「(ロックダウンや自粛で)動けない時でも、感動しよう」と、人々に心を開いてほしいというメッセージが込められている。 また、チームは以前から「クベカ」と呼ばれるアフリカで苦しい生活を送っている人々に自転車を贈る活動を行っているが、現在はアフリカの医療事業者の移動手段や輸送業者の活用にも重点を置いている。上のキャンペーン動画には、これまでのチームの活躍やアフリカでの「クベカ」キャンペーンの模様が収められている。


プロフィール 入部正太朗選手(Iribe Shotaro)
1989年8月1日生まれ、奈良県出身。早稲田大学から2012年シマノレーシングに加入。チームの主力としてツアー・オブ・タイランドでステージ1勝、ツール・ド・熊野でステージ2勝、Jプロツアーでも複数の勝利を挙げる。2019年6月の全日本選手権ロードレースで優勝、11月にNTTプロサイクリングへの移籍を発表した

取材は4月半ばにスカイプで行った(画像が悪くてゴメンナサイ)

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