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2019年09月01日

執念 〜入部正太朗、2019年全日本選手権優勝への軌跡~(後編)

「勝ち」への執念

 次第に近づくゴール。自分が全日本のタイトルを勝ち取るためには、目の前に大きな壁のように立ちはだかる赤いジャージの背中を越えなければならない。

「新城さんの力を尊敬しているんで、胸を借りるつもりで全力でぶつかるだけでした。本気で勝ちに行くには、くらいついて番手(背後)からのスプリントしかないという判断になったんです。覚悟がいるのはわかっていたけど、僕にとってはそれが本気の勝負。みんなの思いと、あそこに行くまでの支え、言い方を変えたら犠牲があってここまでたどり着いた。僕の命がけがあの走りだったんです」

入部はチームメイト、スタッフ、ファン、妻、母、そして天国の父、自分のために時間と労力を尽くし、応援してくれたすべての人々のために絶対勝つと心に決めた。

一方、新城は「全日本と言うのはチャンピオンらしく脚を使って勝ちたかった」とあくまでも力で入部を振り切ろうとした。いわば勝ち方にこだわっていた。

「勝ち方」にこだわった新城、「勝ち」にこだわった入部。その執念の差が、勝敗を分けることになるのか。

入部は新城の背後でスプリントに備えた。もちろん、数秒差で追いかけている横塚への警戒も忘れなかった。

「上りのペースアップもどこかで来ると予想できたので、そこにつく脚は残しとかないとダメ」と新城の攻撃にも備えた。新城にとって力で振り切るチャンスだったラスト1kmの上り区間も、入部はくらいついた。

後はゴールスプリントで雌雄を決するのみ。しかし、入部にしてみれば、実戦復帰したばかりの新城がどれくらいのスプリント力があるかは未知数だった。

「220km越えてのスプリントは、単純なスプリントとは違う部分もある。僕ももがくまではわからない。新城さんの強さはそれまで目の当たりにしてますから、合わされる可能性もある。でも、最後はそれを思っていても一緒というか、最後は出し切るだけでした」

いつの間にかサーキットを覆っていた霧の中、ラスト150mの看板を確認すると、入部は新城の背後から飛び出し、全力でペダルを踏みこんだ。新城もほぼ同時にスプリントを開始したが、その差は思った以上に広がった。

入部は両手の人差し指を天に向けて、フィニッシュラインを越える。長い戦いを終え、ついに全日本のタイトルをつかみとった。あふれる涙を抑えきれない入部のもとへはチームメイト、スタッフ、妻が駆け寄って祝福した。

最後にチームカーから降りてきた野寺監督が入部に抱きつき、「親父さん、力貸してくれたな。親父さん見てたな。頑張ったな」と耳元で語りかけた。

入部たちの後方で追走集団に入っていた湊は、4位でフィニッシュした。2年前、地元青森での全日本選手権では9位に入ったが、それ以降はあまり成績を残せず、入部のように選手としての自信をなくしかけた時期もあった。しかし、この日は終盤までキレと粘りのある走りを続け、追走集団のトップをしっかりとつかみとった。

「2年ぐらい前から消極的なレースが続いていて、僕は勝てない人間なのかなと思っていた。1位になれなくても、全日本という場でこうして動けたのは自信になりました。終盤は入部さんが後ろで待機していたからこそ、僕も安心して立ち回ることができた。入部さんの優勝は自分のことのようにうれしいです」と晴れやかな表情を見せた湊だった。

過去に全日本で3位表彰台を経験している木村は、レース中まさに司令塔のように立ち回り、ライバルチームのチェックだけでなく、入部やチームメイトたちに情報や指示を伝える八面六臂の活躍を演じ、20位でゴールした。

「チームとして最高の形で終わることができたし、入部さんの優勝は涙が出るくらい自分のことのようにうれしかったですね。今年はチームでいろいろあったんですけど、その中でみんな努力して、今日という最高の結果に結びつけられた。監督、スタッフ含めてチーム一丸となって勝ち取れました。僕自身も悔いがないし、燃え尽きたし、清々しいです」

中盤までチームを支えた中井は、表彰台に上がった入部を涙目で見上げていた。3年前は大学生ながらチーム右京の一員としてTOJに出場し、オスカル・プジョルの総合優勝に立ち会った。しかし、自身は最終日前日の伊豆ステージでリタイアし、その勝利に貢献できなかった無力感も少なからずあった。しかし、今日は「感動して泣いちゃいましたね。自分がやったことが報われました」とチームの役に立てた充実感で満たされていた。

入部は「今までも自分のために仕事してもらって、結果が出せなかった時って、申し訳ない気持ちになってきました。過去見直したら、95%以上失敗ですから。失敗の中でようやく5%の成功が今回はあっただけで。今回はみんなのおかげで勝つことができてチームとして最高の形で報いることができました」と仲間とつかんだ勝利をかみしめた。

入部が語るように勝利の可能性は5%だったかもしれない。しかし、過去の敗北と勝利の経験、積み重ねてきたトレーニング、チームメイトの献身的なアシスト、周囲のサポートと応援、そしてどうしても勝つんだという入部の執念、それらすべてが確率を5%から100%近くまで引き上げ、勝利という結果につなげたのかもしれない。

「今思うのは、いい仲間に恵まれたということ。監督、大久保さん、鳴島さん、スタッフ、奥さん。奥さんは家でも僕のサポートしてくれる。事務的なことをやってくれて、競技に集中できる環境にしてくれる。たまにケンカもしますけど、助けてもらってる力が大きい。恵まれた幸せな環境にいるなと思います」
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ついに全日本のタイトルを勝ち取った入部を野寺監督が祝福

 

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