2020年01月08日
【JAPAN PRIDE / ミツミ製作所】“あの”ワッシャーを具現化した凄ワザ町工場
日本高度成長時代から産業を支えた町工場。
東京・葛飾区にある有限会社ミツミ製作所もそのひとつだ。今で4代目となるが前身となる山田カナ製作所時代は、同じく葛飾に拠点がある大手玩具メーカーのタカラトミーのおもちゃ部品を製造していたことも。
現在のミツミ製作所となったのは1982年のこと。高精度な切削加工を得意とし、半導体や医療機器関連の部品製作など多岐にわたる業務実績を誇る。
ミツミ製作所は、ものつくり企業に光を当てる「葛飾ブランド」を受賞した葛飾区が誇る企業なのである。
工房内は頭で思い描く以上に大型の複合自動旋盤機がところ狭しと並ぶ。
かつしか町工場物語としてミツミ製作所を漫画で解説。全容はこちらからどうぞ(PDF)
旋盤加工を得意とし高精度なコマや、ベアリング精度が高いハンドスピナー、また伝統工芸品のようなキセルなどのオリジナル製品も製作する。
1/1000ミリの精度は自転車部品ではややオーバースペックではあるが、では、なぜミツミ製作所なのかーーー
あのナカガワ・エンドワッシャーを製作しているのが、このミツミ製作所なのだ。
エンドワッシャーとは?
その製作を手がけているがミツミ製作所の武田秀明さんだ。
社会人から自転車レースをはじめたという武田さん。2001年からJCF登録をし、所属したクラブチームは一昨年35周年を迎えたナカガワ サイクルワークスだ。ここでビルダーの中川茂氏と交流が始まる。その後は長野、東京と転居し現在のミツミ製作所に努める。長野ではシクロオオイシ・ラブニール、そしてイナーメ信濃山形の初期メンバーとして活動。現在はトラックレースが中心で、昨年の全日本マスターズトラック選手権では総年代のスクラッチで2位に、また年代カテゴリーで優勝し日本チャンピオンを獲得したこともある。
武田秀明さん。自転車トラック競技を中心にレース活動を行う
金属加工の4代目・山田社長は、これらのオリジナル商品についてこう語る。
「オリジナル商品の最初はキセル。それを作る理由はリーマンショックでした。2008年の事ですが、当時の景気が悪くなってしまったのがきっかけ。作り始めた時、声には出されないけど非難の嵐(笑)。“なんでそんなものを作っているのか”と。でもこれを国内のブランド企業として認定していただいた。皮切りにいろいろな、メディアや雑誌に取り上げられるようになりました。ニッチなものなので、バカ売れしたわけではないですが、一部の人にはそれなりに反響があり、外部的な評価があがっていきました。
先代は装飾品自体を毛嫌いしていた。“完成品なんてとんでもないと”。
しかし実際に完成品を作ることでエンドユーザーの声を聞くことができる。これは部品加工にしても大事だよねと。
それまでは9割9分が工業製品で、エンドユーザーの声を聞くことができなかったし、ましてや催事や販売会などもやる予定はなかった。SNSなどではコマ屋さんように思われているけど、新しい営業戦略につながっていったのは間違いないと思います」
加工技術を生かした美しい工作のキセル。贈り物として人気がある。
エンドワッシャーは長年温められ続けた秘蔵の装置
「最初はヘッドパーツの玉受けを作っていました。このエンドワッシャーはナカガワサイクルワークスの中川さんからFAXで依頼書が届き“これ作れないか”と。これを作るためにちょうどよい旋盤の機械がやってきたこともあり、量産が可能になりました。
氏がずっと考えていた構想だけにかなり具体的な指示が記されていて、最初の設計で作ったサンプルでおおよその承諾は得られました」と武田さんは語る。
いつまでも回っている高精度宇宙ゴマ。東京下町の伝統工芸との融合だ。エンドワッシャーも同じ技術で作成される。さきほど“高精度は必要ない”と述べた矛盾があるが…..。
このエンドワッシャーはなぜ必要なのか。
「クイックレリーズは締めるとフォークのツメの空いている方向がたわむ。それをたわまないようにするのがこの装置。中川さんは以前からこのたわみをずっと昔から感じていて製品の構想を温めていた。ワンピースで作らないと意味がない。平ワッシャーを入れてもダメ。これまではこの突起を残す加工ができなかったんです」
製作が可能になったのは、複雑な加工が可能な旋盤を会社で入手したことがきっかけ。どういった加工装置であるかは企業秘密で写真もNG。
このワッシャーはフォーク、あるいはハブのいずれにも作用するのか。
「クイックとハブはまあまあ平行だけど、フォークのツメの精度が悪いことが多いですね。“まさにツメが甘い”と。
メーカーはそこにこだわったほうがいいと思っています。
ハブのベアリングのたわみにも関係しているでしょう。フォーク側の剛性も上がる。イメージとしては挙動がシャープになる感覚あるとのこと。スルーアクスルになるとそこの精度が高まっているのでしょうね」
クロモリフォークですらそういったたわみを感じるなら、カーボンフォークではどうか。
「そういう側面ではフルカーボン製のエンドはあまりよくないと思っています。マイクロメーターで計測すると左右で精度が異なっていることもありました。精度という意味ではアルミやスチールの方がいいですね。しかしアルミの場合はセレーション(滑り止め)の跡がついて凸凹してしまう。
スルーアクスルが普及しはじめていますが、この乗り味を従来のクイックレバーのリムブレーキのフレームでも体感できる装置です。
トレンドもありますが、クイックレリーズよりもスルーアクスルに優位性があるからこぞって移行している。ナカガワさんはそれをいち早く感じていたということですよね」
実際に計測をしてみると、カーボンフォークのエンドに左右差があった(写真はリアの計測シーン)
ではスチールのエンドが一番いいのか?
「そもそもスチールフォーク向けだったんですよね。しかし中川さんとしてはカーボンエンドでも大丈夫とお墨付き。エンドワッシャーをカーボンエンドに付けることによって剛性があがり、自分の自転車の印象が変わると思います」
トレンドとしてはディスクブレーキに徐々に移り変わるが、次へのステップは?
「旋盤の精密加工技術を用いて自転車部品を製作することはできます。型枠が必要なく小ロットで作ることができる。しかし保安部品は難しい点もあるし、自転車のパーツに関してはナカガワさんにお任せしています。
新しい構想ではないですがトラック用も製作が可能です。しかしクイックレリーズではない(ボルト留め)なのでたわみが起きにくい。現在はフロント用のみ製作をすることができますね」
ヨーロッパ伝統のロードバイク。無駄のない完成品の佇まいではあるが、繊細な感性のビルダーは何かを感じ取った。それを解消する装置を製作する技術は時を経て得られた。スルーアクスル・ディスクブレーキ、さらに飛躍すればeBikeといったトレンドが席巻をしているが、伝統的なバイクに乗り続けるサイクリストも多いはず。そういった人たちの気持ちを潤し、足下から支える装置としてナカガワ・エンドワッシャーのような製品は活きつづける。
ミツミ製作所
所在地: 〒124-0012 東京都葛飾区立石2丁目28−14
関連URL:https://mitsumi-seisakusyo.co.jp/product/
TWITTER:https://twitter.com/mitsumissz
ナカガワ エンドワッシャー
問い合わせ:ナカガワサイクルワークス
関連URL:http://www.nakagawa-cw.co.jp/accesories.html
著者プロフィール
山本 健一やまもと けんいち
FUNRiDEスタッフ兼サイクルジャーナリスト。学生時代から自転車にどっぷりとハマり、2016年まで実業団のトップカテゴリーで走った。自身の経験に裏付けされたインプレッション系記事を得意とする。日本体育協会公認自転車競技コーチ資格保有。2022年 全日本マスターズ自転車競技選手権トラック 個人追い抜き 全日本タイトル獲得