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2017年11月17日

パワートレーニングの父、ハンター・アレン氏インタビュー「パワートレーニングの真実」

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PHOTO:ピークスコーチンググループジャパン

ーーー楽をして(厳しいトレーニングをしなくても)強くなる方法は今後生まれますか?

ハンター:自分のもっている力に対して、もっときついストレスを与えることで、そのストレスに対応できるようになる。対応できたらもっと強くなる。その繰り返しですので、自分の体にストレスを与えない限り強くなりません(笑)。

ーーー強くなるトレーニングとは自転車競技にとってどういう意味ですが?

ハンター:基本的に自転車は有酸素運動なので、有酸素のレベルを上げなければなりません。FTP250Wよりも300Wのほうが有利なわけです。まずはFTPを最初に高めることが重要ですね。

ーーー忙しい人はどんなトレーニングをしたほうがいいですか。

ハンター:与えられた時間の中で質(強度)を高めると良いですね。また各パワーゾーンで過ごす時間の最適化を図ることが大切です。もし週末にロングライドに行けるなら更に強くなることが出来ます。週に4~5時間しか走ることが出来ないなら、高い強度で走る時間が多くなります。とはいえ個人差があるので一概には言えません。

ーーーめちゃめちゃ頑張ってもまったく進歩しない。心が折れてしまった場合、どんなトレーニングのアドバイスをしますか?

ハンター:時間のない選手、そして練習で到達できるFTPを250Wとします。トレーニングの時間がしっかりあったなら300Wまで上がれる、として話をしますね。

週に5〜6時間しかトレーニングできない人でも、今より大きなストレスを与えた時に体は強くなります。もし練習の強度を十分に確保できているのなら、週末にロングライドに出かけてボリュームを稼ぐのも一手です。例えば、週に5〜6時間しかトレーニングできない人で、練習の強度は限界まで上げているとします。すなわちそこで得られるストレスは限界になっているわけです。その上でさらに週末の5時間のライドを入れることで、いままで受けていたものとは異なるストレスを受けることができるので、一気にFTPを上げることができる可能性が実際にあります。

もし時間がない場合は質を高めなければなりませんね。質が限界まで高まったら、ボリュームを増やして上げると、もう1段階強くなれる可能性はあります。理想的には質を上げていく練習と、ライドをする時間を長くしていくのを挟み撃ちにしていくことで、体にいろいろなストレスを与えられます。そうすることでより強くなります。
本にも書かいていますが、新しい種類のストレスを与えることが大事です。同じトレーニングばかりをしていると体は慣れてしまいます。トレーニングの内容を変えるだけで伸びる可能性は高まりますね。トレーニングにバラエティを持たせる。ストレス・刺激の種類を変えるということですね。FTPのトレーニングを毎日やっていても体は慣れてしまいます。違う刺激が欲しいです。

中田:データから推測して多々あるケースですが、いつも一定のケイデンスを維持して走っていると、そのケイデンスで出せるパワーは上がっていきますが、そこから外れたりペースが変化すると途端についていけなくなります。それを解消するにはケイデンスに変化を持たせるのが大切です。車でいうパワーバンドを広げるトレーニングと言えます。勾配の変化や集団のペースの変化、さらにはアタックに対応するにはパワーバンドが広い必要があります。そのためにはあえて得意なケイデンスを外して1枚軽いギアや重いギアで走るトレーニング、もしくはケイデンスの変化の激しいトレーニングが効果的です。
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PHOTO:ピークス・コーチング・グループ・ジャパン

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LEOMO TYPE-R

ーーー日本企業が開発したLEOMOとコラボレーションを行うことが決まっていますが、どんなことを行う予定ですが?

ハンター:LEOMOのデバイスTYPE-Rを用いて、ペダリングのデッドスポット(力を加えることができない箇所)を探し出して、それを減らすようなトレーニングを行うために利用したいと思います。例えば200~250Wで走っている時、ケイデンスが70~80rpmの時にすごく非効率な走りをしているね、みたいなことがわかります。

ーーー研究的にはどのような部分がわかってきていますか?

ハンター:最適なケイデンス、デッドスポットがもっとも小さくなるケイデンスを導き出せるようになるでしょう。むしろ、どんなギアを選ぶかというのが、正しい言い方ですね。でもそれはすごく難しい問題です。ケイデンスとパワーの関係で、ギアを最適化することによって、自転車に乗車したフォームもよい状態になりますが、それを見つけ出せていない人が多いです。
同じパワーで走っていても、あるケイデンスではすごく効率がいいけど、ケイデンスが上がると非効率になるなら改善しないといけない。単純にペダリングを直すといっても、明らかにケイデンスで問題が起こっていることが多いのですが、LEOMOを使えば改善するときによりテーマが細かく見えるということです。

ーーー非効率であることを本人は気づいていないということでしょうか? また本人が思っているときの効率と、LEOMOが表示する効率にギャップはありますか?

ハンター:というよりも、わずかなケイデンスの差でも効率が変わります。例えばケイデンスを80から85rpmとわずかに上げたときの変化に気がつくか、というとなかなか難しいですよね。でも、これはとても重要なことで、ライドが数時間続いた時には大きな差になります。実際に使っているエネルギーは大きく変わってくるので、パフォーマンスにも大きな影響があります。わずかな効率の差でも長期的にみると大きな差につながりますね。

ーーートレーニングピークスのWKO+でも採用されている「TSS(トータル・ストレス・スコア)やPMC(パフォーマンス・マネージメント・チャート)、そしてNP(ノーマライズド・パワー)」というわかりやすいメトリックがありますが、このアイデアはどうやって生まれてきましたか?

ハンター:パワーメーターで毎秒ごとにデータを見ることができるようになりました。そのため選手が出しているパワーはわかるようになりました。すると選手が出しているパワーがどれぐらい身体にストレスを与えているかを知りたくなりました。そこでTSSが生まれました。
TSSのアイデアが生まれたら、次は身体に与えたストレスの積み重ねでフィットネスレベルがわかるだろうと考えるようになりました。それがPMCの元になりました。こうやって選手の状態を知りたい好奇心から色々なメトリクスが生まれてきたわけです。しかし、すべてのパフォーマンスモデルには弱点があります。その弱点を補うためにまた新しいアイデアが生まれる。そうやって熟成していきました。大切なのは全体像を見失わないこと。全体像を見ながら細部の問題を掴んでいくのが大切ですね。
これはLEOMOのデバイスにも言えることで、ペダイリング中の動きを観察するPCD(パワー・ケイデンス・デッドスポット)やPSI(ペダリング・ストローク・インテリジェンス)などのチャートを俯瞰してみることで、解決する問題が見えてきます。
今後は、どういうストレスを与えると、どのような変化をもたらすのかが、見えるようになってくるはずです。人によって体の反応が違うので、伸び方も異なるのですが、それをより把握することで、どうしたら強くなるのか、より可視化できるようになると思います。

ーーー頑張っている人たちに応援のメッセージをいただけますか?

ハンター:ひとつ目はハードワーク! どんな年齢・性別でも強くなることは可能です。
ふたつ目は継続! サイクリングは一生楽しめるスポーツ。エンデュランススポーツとして理解しておきたいのは、強くなるためには時間が必要です。一夜にして突然強くなることはありませんから、我慢強く取り組むことが大切です。
最後に、やっぱり楽しむことが大事。なぜかというのとサイクリングはやっぱり楽しいことだから。進歩することや強くなることの過程は楽しいこと、それを忘れないでほしいですね。そのためには数値にとらわれすぎないようにすることも必要ですね。

中田:ハンターからもらったトレーニングメニューをやっているとき、メニューを完璧にこなすことを第一にトレーニングをしていました。エピソードがあります。20分のFTP走をやるなら、20分でやめないといけないと思っていました。そんなときハンターと近くの山へ上りに行ったことがありました。彼が「山の上の湖を見たか?」と聞くのです。いや見たことがないよ、メニューでは20分だから、25分かかるところにある湖は見たことがない。「おいタカシ、20分より25分の方が良いぞ。それに湖が見れるじゃないか? どうして25分やらないんだ? もっと冒険しなきゃ!」というのです。それは実際にとても大事なことでした。

ゲン:パワートレーニングは魔法ではなく、従来からあるトレーニングの良い部分を抽出したり、より効果的な方法を模索して出来上がったトレーニング方法です。決して魔法ではありません。

中田:ゲンさんは若い頃にツール・ド・おきなわのチャンピオンレースで7位に入ったり、スイスでプロを目指していた時期もありました。その後は趣味で乗る程度で、選手生活をしている感じではありませんでした。3年前私はゲンさんにクリスマスプレゼントとしてパワーメーターとパワートレーニングバイブルを贈ったんです。数学教師の資格を持っている彼は、TSSやNPを数式から理解し、パワートレーニングの有効性にすぐに気づきました。そこで自身の体でパワートレーニングの効果を実験し、たった2年でマスターズ全米選手権で2位に入るまでになりました。パワーをモチベーションにしてアンチエイジングに成功した例と言えますね。

ハンター:ワールドツアーを目指す選手から近所のアマチュアまでコーチングをしていますが、レベルの違いはあってもそれぞれのゴール(目標)を共に達成する喜びに違いはありません。これからもパワートレーニングを世界中に広めて皆さんがゴールを達成できるお手伝いをしたいですね。
(おわり)

写真と文:山本健一


ハンター・アレン(HANTER ALLEN)
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・Peaks Coaching Group 創業者,CEO
・PCG エリート・マスターコーチ ・USAC レベル 1 コーチ
・LEOMO モーションアナリシス 認定コーチ
・USAC パワー認定コースインストラクター
・トレーニング・ピークス WKO(共同制作)
・“Training and Racing with a Power Meter”(共著)
・“Cutting Edge Cycling”(共著)
・2008 オリンピック USA BMXチームテクニカルコーチ
http://www.peakscoachinggroup.com/hunterallen

 

中田尚志(なかた たかし)
・Peaks Coaching Group Japan 代表
・Peaks Coaching Group エリートレベル認定コーチ。
2013年全米自転車競技連盟パワートレーニングセミナーを修了。2015年にトレーニングピークスユニバーシティを受講し、最先端のパワートレーニングを学ぶ。現在までに15,000以上のパワーデータを解析。2016年から京都を拠点に、パワーベースのコーチングを日本で展開する。
http://www.peakscoachinggroup.jp/blog

ゲン・コグレ
カリフォルニア大学バークレー校卒。アメリカ・ノースカロライナ州在住。1988年、カリフォルニア在住時に自転車に魅せられ競技を開始。日本、アメリカ、スイスで豊富なレース経験がある(全日本選手権ロード11位、おきなわチャンピオンクラス200㎞8位、アメリカのPro/1/2、スイス1勝)。自身が高いレベルで競技をしながら、実弟のカンをカリフォルニア州チャンピオンに育てあげるなど、コーチとしての素養を早くから発揮していた。両親は日本人で、日本語会話はネイティブレベル。
http://www.peakscoachinggroup.jp/coaching/20161001102613.html

関連URL:ピークス・コーチング・グループ・ジャパン
http://www.peakscoachinggroup.jp/

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