2017年11月17日
パワートレーニングの父、ハンター・アレン氏インタビュー「パワートレーニングの真実」
パワーメーターが誕生した80年代半ばからおよそ30年の歳月が流れ、プロサイクリスト向けのトレーニングから現在は一般向けのポピュラーなトレーニング機器として普及し始めている。しかしパワーを計測するデバイスという性質から、どうやって活用すれば良いのかがわからないという声が多いのも事実だ。
アメリカ・バージニア州に拠点をおくピークス・コーチング・グループ代表のハンター・アレン氏は、ポピュラーになったパワーメーターをトレーニングにどう活かすかという、一般のサイクリストにもわかりやすい「パワートレーニングバイブル」というトレーニング教本をリリースしている。そして日本でもハンター氏のフィロソフィーでコーチングをおこなっている、中田尚志コーチ(写真・右)やゲン・コグレ コーチ(写真・左)という日本人コーチの存在もあり、パワートレーニングがより身近なトレーニング方法になりつつある。
今回の来日は、パワートレーニングのセミナーを直々に日本で行うという、プレミアムな講座が開かれたためだ。そこでハンター・アレン氏へのインタビューを行った。アメリカで活動するゲン・コグレ氏、そして日本でピークス・コーチング・グループ・ジャパンを運営する中田尚志氏の補足を交えて、パワートレーニングの魅力と、まだまだ日本のサイクリストには伝わりきれていない真実を語っていただいた。
まず、ピークス・コーチング・グループはコーチのサービスを供給するサービスを行う企業である。拠点をおくバージニア州にはピークス(峰)という地名がいくつもあることと、ピーク・パフォーマンスを合わせたのがピークス・コーチング・グループの名前の由来だという。
現在のアレン氏の主な仕事は「コーチ」を育てること。USAサイクリング(アメリカの自転車競技連盟)やピークス・コーチング・グループでコーチの指導にあたっている。
著書であるパワートレーニングバイブルは世界中で翻訳が進んでいる。最近では中国語で翻訳され、8ヶ国語の言語に訳されているそうだ。最近では台湾で講座を開くなどアジアパシフィックの活動も増えている。このパワートレーニングを広げるのも彼の仕事だ。
ーーーさて、初めて日本を訪れたそうですね。日本の道を自転車で走ってみたそうですが、いかがでしたか?
PHOTO:ピークス・コーチング・グループ・ジャパン
ハンター・アレン氏(以下、ハンター):道がとても綺麗ですね。ひび割れもないし、運転手も丁寧に走ってくれるし。東京をあちこち走ったけど(浅草や築地にも足を運んだそうだ)、クラクションを鳴らして威嚇されるようなこともなかったですね。
運転をしている人も、自転車に乗っている人も、歩いている人もマナーが良いです。お互いを尊重していますね。そんなところにも日本の文化を感じました。
でも、都市の中心ではサイクリングをするのは難しいですね。トレーニングをするにも信号が多いし、車も多いので難しいと思います。アメリカの都市ではジムやインドアトレーニングができるバイクスタジオで練習をすることに人気があるんです。まだ日本では少ないと聞きましたが、自転車に乗っている人は多いので、その市場が伸びる可能性はあるでしょうね。
この写真は今回講座を開いた台湾のトレーニングスタジオの様子です。サイクルトレーナーが置かれていて、スクリーンもありますね。私の写真も置いてありました(笑)。利用者の6〜7割はトライアスリートですね。台湾も自転車を走らせるための道路事情があまりよくありません。
ーーーアメリカの最新自転車事情は?
ハンター:アメリカでは非常に多くの異なる分野を含む豊かな文化をもっています。ロードレース種目はレースの数が少なくなっていますね。だんだんレースへの参加者が減っています。ランス・アームストロングが全盛期のときはレースをやりたいという人は多かったのですが、現在はそれほど熱を帯びているわけではないです。ロードサイクリングは年々減少していますが、私は車で運転している人とサイクリストの間に問題があると考えています。今年も多くのロードサイクリストが交通事故にあい、サイクリングは危険にさらされ、これまで以上に安全面で危惧しています。これは本当に大きな問題なのです。
現在シクロクロスは非常に人気が高く、シーズン中は毎週末多くの地域でレースが開催されています。また昨年から今年にかけてグラベルロードバイクの人気が増加しています。これらは、グラベル(未舗装や砂利道)をライドすることに楽しみを見出す人のためのバイクですが、夏にも乗ることができる遊びです。
もちろん、マウンテンバイクは引き続き人気があり、ダウンヒルバイクも人気でほとんどのスキーリゾートにジャンプ台やトレイルが用意されています。サイクリングはアメリカでも引き続きメジャーなスポーツです。私たちはサイクリングの文化を楽しみ続けていますよ。
中田尚志さん(以下、中田):マウンテンバイクの市場はとても大きく、アメリカ人サイクリストのほとんどはMTBで家族と一緒に山へ走りに行ったことがきっかけで自転車を始めます。でもレースをしないサイクリストが多いですね。グラベルライドも人気で、レースには出ないですが自転車に乗るのが好きという人に支持されています。日本と同じく、基本的にはレースを頂点としてたピラミッド系だと言えます。
ゲン・コグレさん(以下、ゲン):プロサイクリングはワールドツアーばかりに目が向いていて、ローカルレースが枯れているという事実もありますね。
ーーープロフェッショナルライダーをコーチングしていて、ユニークだった事例を教えてください。
ハンター:そうですね..….。20年以上コーチをおこなってきてたくさんのライダーを見てきました。色々なタイプの選手がいるので、選ぶのは難しいですが……。例えば16歳の時からプロを目指したベネゼエラのジルベルト・デュクルノー選手ですね。コーチングをする中で大学に進むための指導も行い、コロラド大学に進みました。そして大学卒業後に、イタリアのプロチーム(ウィリエール・トリエスティーナ・セッレイタリア)と契約し3年間プロとして走ることができました。16歳から指導を始めてコーチングの他にも大学に行くのを手伝ったりして、最終的にプロのレベルまで到達できたのは、とても満足なことですね。
ほかにはジェレマイア・ビショップというMTBの選手です。プロになってからのコーチングを始めた選手ですが、全米チャンピオンになったり、プレオリンピックに参加したり、世界選でトップテンに入ったのも印象的でした。そしてコーチングを初めてから4〜5年で20~30WもFTPが増えたことも良い思い出です。
中田:プロになるような選手はアマチュア時代にはすでにフィットネスレベルが高いところにあり、プロに入ってからFTPが大幅に上がる選手は稀です。それよりもむしろレース後半でもFTPが出せるようになったり、シーズンを通して高いFTPが維持できるようになります。
ゲン:ジェレマイアは現在、Topeak-Ergonのプロとして活動しながらコーチ業もしています。すでに40歳ですが現在でもMTBのステージレース、ケープ・エピックなどで活躍しています。
中田:ジェレマイアはハンターが「自転車を教えてくれただけでなく人生を教えてくれた」と言っていました。良いプロ選手になる方法、プロとして生きる方法、生活して行く方法。そして引退後のセカンドキャリアの作り方など。ハンターはパワーコーチのイメージが強いですが、実際には自転車ライフを豊かにするためのコーチといった印象です。
ーーーパワートレーニング理論へ到達するまでにどれくらいの時間がかかりましたか? また、どうして作ろうと思ったのですか?
ハンター:1999年にはじめてパワーを使ったコーチングを行ないました。クライアントがパワータップを持っていて「どうやって使うの?」と聞いて来たのがきっかけですね。彼にとっては自身が出す数値、例えば200Wが大きいのか小さいのか、1000Wはどれぐらいの意味を持つのかが分からなかったのです。しばらく数値を追って行くうちに意味が分かるようになり「ワオ!これは凄いデバイスだ」と思い、自身もパワータップを購入して使うようになったのです。当時からパワーメーターに添付のソフトウエアはありましたが、どれも使いにくいものでした。そこでソフト開発に着手し2001年に最初のパワー解析ソフトウエアを作りました。2003年には市販の解析ソフトWKOが完成。2005年にはパワートレーニングバイブル(Training and racing with a power meter)の執筆をしました。
ーーー現在までにどれくらいのパワーのデータを採取しましたか?
ハンター:6GBのデータを持っています(笑)。
ーーー想像できない量のデータですが、何人くらいに相当するんですか?
ハンター:私だけで300〜400人のデータを持っています。現在、コーチを育てる方向へ進んでいるので、現状コーチングをしているサイクリストの数は少ないですが。ちなみにPCGには約50人のコーチが働いていますので、非常に膨大な量のデータを持っていることになりますね。
ーーーパワーデータを解析していく中で何を得ましたか?
ハンター:強くなるにはある程度の時間が必要です。しかし、個人で試行錯誤しているとその時間は長くなってしまいます。コーチングによって本人にとって最適な道を提案することが出来ますし、パワーによって軌道修正が簡単に出来るようになりました。その為、短い期間で目標達成が可能になります。
ーーー人間のパフォーマンスの限界は見えていますか?
ハンター:遺伝的資質というものがあって、パワーを増やしていく上での限界というものがあるのは事実です。しかし、限界はいつも本人が思っているよりも上にあります。
年齢を重ねても昨年よりも今年、今年よりも来年強くなれれば、それは進歩しているということですし、目標を達成出来れば年齢は関係ありません。ですから年齢や才能に関係なくそれぞれのゴール(目標)にどれだけ近づいたかが重要なのです。老化によって失うパワーは確かにあります。しかし、適切にトレーニングすればパワーは必ず上がります。
中田:年寄りの冷や水という概念はアメリカにはないですね(笑)。むしろ「歳をとっても強さをキープしていることはカッコいい」という考え方が強いです。現在40歳でも35歳の時のパワーが出せれば足年齢は35歳ですし、もっと強くなればもっと足年齢は若返る! この考え方がパワートレーニングがマスターズに普及した要因のひとつだと私は考えています。アメリカには年代別にアワーレコードがあるのですが、男女ともに40代の記録が30代を上回っています。そして50歳の全米記録は何と49.383kmです。
ハンター:55歳のときからコーチングを始めた選手がいました。始めた当時のFTPは260Wでしたが、3年後には360Wまで上がりました。彼の目標はマスターズの世界チャンピオンでした。そして実際に60歳クラスの時、チャンピオンになりました。最大酸素摂取量(VO2Max)は、20~30代で頭打ちになりますが、酸素を取り込む量が頭打ちになったからと言ってVO2Maxのパワーが頭打ちになるわけではありません。またFTPは年齢・性別よりもむしろどれだけフィットネスレベルが高いかに依存するところが大きいです。要するに鍛えれば伸びる要素が大きいと言えます。
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著者プロフィール
山本 健一やまもと けんいち
FUNRiDEスタッフ兼サイクルジャーナリスト。学生時代から自転車にどっぷりとハマり、2016年まで実業団のトップカテゴリーで走った。自身の経験に裏付けされたインプレッション系記事を得意とする。日本体育協会公認自転車競技コーチ資格保有。2022年 全日本マスターズ自転車競技選手権トラック 個人追い抜き 全日本タイトル獲得