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2018年10月09日

瀬戸圭祐の 「快適自転車ライフ宣言」7-7)ツーリング先進国、欧州を楽しむ

瀬戸圭祐の 「快適自転車ライフ宣言」 第7章:目指せ!海外ツーリング

7-7)ツーリング先進国、欧州を楽しむ

 

海外ツーリングを経験すると、一度は走ってみたくなるのがヨーロッパだろう。アクセスの時間や航空運賃などを考慮すると、1週間以上かけるのがコスパ的にも望ましいかもしれない。できれば多少経験を積んで海外ツーリングのノウハウを身につけてからトライしたほうが、有意義に楽しめる可能性が高まる。ロードバイク乗りであれば、ツール・ド・フランスやジロ・デ・イタリアなどの有名なコースや峠を、一度は走って見たいのではないだろうか。そんな「夢」も強い思いがあれば必ず実現できる。

 

<サイクリング先進国へ>

欧州ツーリングの良いところのひとつは、多くの場所で自転車走行環境が整備されていることである。もちろん国や地域によるが、特にドイツ、デンマーク、オランダ、ベルギーなどアングロサクソン系の国々は環境整備が進んでおり、自転車レーンや専用道が設けられている道が多い。自転車を交通手段の一翼を担うものとして、各国自治体が自転車利用の環境を整備するさまざまな政策を行っているのだ。日本でも都市では自転車レーンなどの整備が進みつつあるが、そこに駐停車するクルマは減らない。それらの国々では自転車の交通社会での地位が高く、自転車の通行を妨害しているクルマはあまり見かけない。自転車通行帯の駐車違反にも高額の反則金が課せられるのだ。

交差点では、自転車専用の信号機が設置されてクルマに優先して安全に渡れるところもある。自転車利用が交通システム全体の中にしっかりと組み込まれているのである。サイクリング道路も良く整備されており、案内標識などもわかりやすく親切だ。一方、イタリアやスペイン、フランスなどといったラテン系の国々の自転車環境は、アングロサクソン系の国ほどは整備されていない。

注意しなければならないのは、歩道走行は禁止であることだ。自転車はクルマと同様に車道を走行するのが世界の常識である。自転車が歩道を走行している日本が特異であることをしっかり認識しておきたい。歩道を走行していると交通違反として捕まるケースもある。欧州に限らず日本でも車道走行を徹底して欲しい。

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欧州では日本よりも自転車走行環境が整備されている国が多い(写真/小林成基)

 

<自転車レースの聖地 フランス>

世界最高峰の自転車ステージレース、ツール・ド・フランスの開催国であるフランスは、自転車が盛んな国だ。国を挙げて自転車旅行に力を入れており、自転車旅行を専門とする業者も多く、さまざまなツアーが企画されている。サイクリングロードの整備も進みつつあり、これらのルートに沿ったツーリングに適した宿の手配や情報提供、宿から宿までの荷物送迎を請け負うサービスなども充実している。日帰り旅行だけでなく数日間を通したツーリングプランもいろいろあって快適に楽しめる。

TVで見たツール・ド・フランスのコースにある街並みや風景の中を走り、多くの歴史的な場所や建造物、世界遺産などを巡りながらツーリングを楽しめる国なのだ。世界遺産を巡るサイクリングツアーもいろいろある。例えばノートルダム大聖堂→エッフェル塔→ヴェルサイユ宮殿→シャルトルの大聖堂→モン・サン・ミッシェルまで、フランス屈指の世界遺産を巡ることができるパッケージツーリングなどもあり、効率よく楽しめるだろう。一方、交通ルールをわきまえないと、自転車旅行者でも痛い罰金を請求される。 特にパリなどの大都市は一方通行だらけで、すぐそこに見えている道へ行くにも回り道が必要なことが多い。それをせずにちょっと一方通行の道を逆行したり、歩道でショートカットしたりすると捕まることもある。自転車はクルマと同様に車道の右側を走らなくてはならない。サイクリストにとっては走り難い街と思われるかもしれないが、パリでは自転車にやさしい街づくりが進んでいる。

たとえば、平日はクルマがビュンビュン走るセーヌ川沿いの道路は、日曜日は自転車と歩行者に開放されている。 セーヌ川の風景を楽しんで自転車で気持ちよく走れるのだ。ほかにも、バスレーンの自転車走行が可能になったり、自転車レーンも増えている。不便と思われる一方通行もルールを守ることを求めながら、自転車の双方向通行が認められるところも増えている。
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フランス都市部では一方通行の路地も多いので注意が必要だ(写真/木下滋雄)

 

<ツール・ド・フランスの舞台を走る>

オリンピック、サッカーワールドカップと並んで世界3大スポーツと称されるツール・ド・フランス。憧れのスター選手や、歴史に残る名選手が熱い戦いを繰り広げたステージを、自分で走ることができる。たとえば、ラルプ・デュエズ(標高1860m)。狭い峠道の両サイドから、大勢の観客が鈴なりに覆いかぶさるように待ち構える中を、選手がくぐるように登って行くシーンでも有名な峠だ。頂上までに全部で21のカーブがあり、そのカーブにはこれまでラルプ・デュエズがステージとなったレースの、過去の優勝者の名前入りパネルが立てられていて、ツール気分が盛り上がる。また、一般サイクリストに記録証を発行してくれるサービスもある。「デパール(スタート)」という横断幕の地点で自分で計測を開始し、「アリベ(ゴール)」の看板があるゴール地点で所用時間を記録する。ツーリストインフォメーションにて、自分の記録を見せると記録証を発行してくれる。

また、何度もツール・ド・フランスの山頂ゴールになっている標高1912mのモン・バントゥ。プロバンス地方特有の強風ミストラルのため山頂付近は草木も生えず、冬季の酷寒の凍結によって砕かれた白い石で覆われていて、プロバンスの巨人、魔の山などといわれている。ツールでは歴史に残る多くの名選手たちがしのぎを削って戦い、数多くのドラマが展開された場所だ。他にも「アルプスの巨人」と称されるガリビエ峠(2642m)を始めとして、イゾアール峠(2360m)、ピレネー山脈にはツールマレー峠(2115m)やオービスク峠(1709m)などツールでおなじみの峠を、水玉の山岳ジャージを目指す選手の気分で走ってみることもできる。実際に走ってみると、その延々と続く激坂に「こんなところをあんなスピードで走っていたのか」と選手の偉大さを実感できるだろう。

峠だけではない。ツールのスタートやゴールになった街、途中で通過した街、スプリントポイント地点など、ツールの軌跡がある場所はあちこちにある。ツール・ド・フランスのコースとなった道をツーリングしていると、自転車に絡めたオブジェが飾られていたり、記念碑があったり、田舎町の家の庭にツールの応援フラッグが立てたままになっていたり、あちこちでツールの面影を見つけることができて嬉しくなる。

ゴール地点では、「ここでサガンとキッテルが激闘したのだな」「このカーブはカンチェラーラがトップに立って逃げ切った場所だ」などとTVで見たシーンが蘇るかもしれない。パリではシャンゼリゼ通りや、凱旋門のフィニッシュコースも体感することができる。ツール・ド・フランスのコースを走れる様々なツアーもあるので、それらに参加すればいろんな国の同じ思いを持ったサイクリストと、感動を分かち合えるかもしれない。

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ツールドフランスで数々の名勝負が生まれた峠を自分でも走れるのがフランスの魅力(写真/菱田恵美子)

 

<ドイツのサイクリング環境は素晴らしい>

ドイツは自転車旅行に適した環境が整っている。全国に数万キロ以上のサイクリングロードのネットワークが広がっており、整備も高品質で維持されている。サイクリング道路に穴があいていたり段差があったりといことは、ほとんどないのである。

サイクリングの愛好家が中心となって設立、運営されている「一般ドイツ自転車クラブ」(Allgemeiner Deutscher Fahrrad-Club e. V. 略称ADFC)という社団法人とその地域ごとの支部組織が、政府や各地の自治体に、自転車を安全に快適に走らせることができる環境の整備の働きかけを行ってきた。サイクリングルートは、各地のADFC支部組織など地域の自転車愛好家団体が、走って楽しいお勧めのところを選定して作られており、案内表示なども充実しているので安心して快適にツーリングを楽しむことができる。

主要サイクリングコース毎にメインルート、サブルート、坂道表示、観光スポット、宿情報などが網羅されたサイクリング情報満載の冊子タイプのマップもあり、インフォメーションセンターや書店などで入手できる。また、このADFCがサイクリングルート上の個人経営などの宿泊施設を、サイクリスト向けの「B&B」である「ペダル&ベッド」として認定している。全国を網羅した宿泊情報として提供されており、各地にあるインフォメーションセンターなどでも宿やコースの相談をしながら予約ができる。

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ドイツでは国中にサイクリングロードのネットワークが広がっており、自転車旅行におすすめ(写真/ディクソン江梨)

 

<自転車天国オランダ>

「オランダ人は自転車に乗って生まれてくる」。そんな言葉があるほどにオランダは自転車先進国であり、生活に自転車が密着している。自転車保有率は100%を超えており、世界一といわれている。オランダ交通公共事業省旅客輸送総局の資料「Cycling in the Netherlands」によると、オランダの交通手段における自転車利用率は27%と世界トップクラスである。また、レクリェーションとして自転車を楽しむオランダ人は、人口の約50%とのことで、まさに自転車天国なのである。

全国に自転車専用道路や自転車レーンが張り巡らされていて、車道とは完全に分離されており、安全面に関しても世界的に高く評価されている。ほとんどの鉄道や船に自転車をそのまま無料で持ち込め、交通機関を併用したツーリングもとてもしやすい。ツーリストインフォメーションセンターでは、オランダ自転車協会が発行するサイクリングマップを入手することができる。エリアごとの地図やおすすめ自転車ルートなど、オランダをツーリングするのに役に立つ情報が満載でとても役に立つ。

またオランダにはとても個性的な自転車が多い。よく見かけるのが前輪の前に大きなカーゴのある「バックフィッツ」。子供を載せて通勤したり、買い物荷物を満載したり、仕事の商品を積み込んだりするワークホース的な自転車だ。自転車を自分好みにアレンジして楽しむ人も多く、ペイントしたもの、花輪で飾り付けしたものなど、それぞれの趣味嗜好が反映された個性的なデザインの自転車は見ていて楽しい。オランダでの実用的な自転車の価格は、日本のママチャリに比べて数倍以上の高価格であり、自転車盗難率は高い。ツーリング時に自転車を盗難されるリスクも高いので、しっかりとした対策を忘れないようにしたい。

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自転車先進国であるオランダでは、写真のようなバックフィッツという自転車をよく見かける(写真/小林成基)

 

<イタリアは見どころ満載>

チネリ、デローサ、コルナゴ、ビアンキ、ピナレロ、ウィリエール、クオータ……そしてカンパニョーロ。数多くの世界のトップブランドはイタリアから生まれている。それらのブランドの自転車に乗っていれば、その自転車工房を訪ねて見たくなるだろう。これらの自転車工房は北イタリアに多い。北イタリアはアルプスも近く風光明媚な湖水地帯などもあって、ツーリングには素晴らしいフィールドでもある。歴史街道や美しい丘陵地を巡る自転車ルートなども多く、イタリアの自然、文化、歴史、そして食も楽しめ、自転車旅を満喫できるエリアだ。自転車工房にも是非訪れてみたい。

イタリアには、ローマ、フィレンツェ、ミラノ、ピサ、ナポリなど世界的な観光都市も多く見どころ満載である。それらの観光都市にはレンタル自転車のサービスも充実しており、ホテルや観光地で手軽に借りられる。大きな観光都市ならばガイド付きのサイクリングツアーなどもある。これに参加すれば多くのポイントを効率よく回れ、ガイドが詳しく説明してくれるので中身の濃い観光ができるだろう。但し水の都で有名なヴェネツィアの中心部は自転車禁止であり、乗り入れるとすぐに捕まって罰金が科せられるので要注意だ。筆者の友人もヴェネツィアでこの罰金を払わされた。また鉄道のローカル線には自転車がそのまま載せられる。先頭か最後の車両に自転車のマークがあり、その車両に載せられるので、都市間の移動には便利である。

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風光明媚な場所が多いイタリアは、自転車工房も多い(写真/木下滋雄)

 

<ローマ法王が宣言した「サイクリストの聖地」>

世界各地から多くのサイクリストが参拝に訪れるという、サイクリストの聖地がある。

北イタリア、ロンバルディア州の避暑地、湖水地方のマグレーリオという街の郊外にある標高754mのギザッロ峠にある教会だ。このギザッロの聖母マリア教会(Madonna del Ghisallo)は、外から見ると小ぢんまりとした田舎の教会だが、17世紀に建立されたという由緒ある教会である。

このギザッロ峠からは、コモ湖を望む素晴らしい景観が広がり、昔からサイクリストにはヒルクライムステージとして人気が高かった。ジロ・デ・イタリアなど人気のロードレースのコースに設定されることが多く、20世紀前半から名所として訪れるサイクリストはどんどん増えていた。そして1949年10月13日、時のローマ法王ピウス12世が、ギザッロ教会の崇拝の対象となっている聖母マリアを“サイクリストの守護聖人”として公式に宣言し、まさに「サイクリストの聖地」となったのである。

それ以来、プロのサイクリストがレースで使った機材やトロフィーなどを奉納するようになり、教会の中には自転車や自転車レースに関するものが祭壇が霞むほどにびっしりと飾られた。そしてモノが増え過ぎてしまったため、隣に博物館を建ててそちらで展示するようになった。その自転車博物館は、吹き抜け2フロアの空間に世界中のプロ選手が寄贈した自転車やジャージ、アクセサリー、写真パネルなどが所狭しと展示され、サイクリストが絶えることなく訪れている。

イタリアにツーリングに行った際には、是非ともサイクリストとして巡礼(?)しておきたい。

 

<憧れのアルプスの峠を走る>

多くの氷河を抱える大山脈、ヨーロッパアルプスは山好きのサイクリストならば、一度は走ってみたい憧れの地だ。ヒマラヤやロッキー、アンデスなど他の世界の大山脈に比べると、はるかにインフラが整っている。サイクリストもクルマも観光客も多いので、秘境の冒険などと構えなくても大丈夫。変態サイクリストでなくても普通にツーリングができるのだ。シーズン的には6~9月くらいがお勧めで、秋が深まるほどに標高の高い峠は閉鎖され始める。5~6月頃に峠が雪から解放されるところが多く、開通直後の峠からは、残雪がふんだんに輝く美しいアルプスの雄姿を間近に眺めることができる。

アルプスの峠道は標高が少し高くなると樹林帯を抜けたり、また標高が高くなくても牧草地が多いため、開放的に景色を眺めながら登って行くことができる。周囲には3~4000m級の山々がその雄姿を誇っており、そのスケールの大きさに圧倒されてしまうかもしれない。氷河で削られた地形があちこちで見られ、尖った鋭い岩峰が天を突き刺していたり、そんな岩峰がギザギザのノコギリの歯のように連なっていたりする。遠目に氷河を見つけることができる峠もある。多くの氷河はどんどん小さく短くなっており、かつてはここまで氷河に覆われていたといった表示を見つけ、地球温暖化の影響を体感することもできるだろう。

クルマの少ない静かな峠道では、可愛いマーモットなどの動物に出会うこともしばしばだ。峠道の途中には牧畜のための作業道などがあるが、少し入り込んでみると静寂の中に小さな放牧小屋があったりして、まさにアルプスの少女ハイジが駆け出してきそうな雰囲気の場所があちこちにあるのだ。アルプスの眺めは何処に行ってもじつに素晴らしい。しかし同じアルプスでもスイス、フランス、イタリア、オーストリアそれぞれに特徴があって趣きが異なり、新たな発見と感動を与えてくれる。

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筆者が峠道で出会ったマーモット。アルプスでは小さな動物たちとの出会いも楽しみのひとつだ(写真/本人)

 

ヨーロッパは自転車先進国として世界で最も進んでいる。ツーリングを楽しむにしてもインフラは整備されているし、歴史的にも地理的にも文化的にも見るべき場所やモノも豊富である。しかし観光的視点だけでなく交通社会や環境などの視点でも、日本が見習わなければならないことを学んできていただきたい。そしてその経験を「より良い自転車社会」に向けて、生かしていただければと願っている。

 

 

(トップ写真/菱田恵美子)

(瀬戸圭祐さんの「快適自転車ライフ宣言」は隔週火曜日掲載です。次回は10月23日(火)に公開予定です。お楽しみに!)

 


第7章:目指せ!海外ツーリング

1)海外ツーリングは、お気軽な時代

2)情報収集が成功の秘訣

3)プランニングの基本と目的地別計画の立て方

4)移動はどうするか?飛行機輪行対策

5)宿泊は、食事は、水は、スマホはどうする

6)自分で自分の身を守る、危機管理が重要

7)ツーリング先進国、欧州を楽しむ

8)快適な自転車ライフを謳歌しよう

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