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2018年10月26日

【ジャパンカップ2018】1周の違いが明暗を分けた ~シマノレーシングの戦いに密着~

今年で27回目を迎えた国内最高峰のワンデイ自転車ロードレース「ジャパンカップサイクルロードレース」。UCIアジアツアー超級(HC)に格付けされるこのレースは、ヨーロッパからもグランツールなどで活躍する強豪が参戦、観客の盛り上がりも最高潮で、レベルの高い戦いが繰り広げられる。
この舞台に4年ぶりに出場したシマノレーシングはどのようにして世界の強豪に挑んだのか。ここでは10月21日に宇都宮市森林公園で行われたロードレースに焦点を絞って、準備・作戦からレース中の戦いぶりまでの密着レポートをお届けしたい。

4年ぶり出場のシマノレーシング

45年の歴史を持ち、数々のタイトルを獲得してきた国内名門のシマノレーシングだが、2015年に当時主力だった畑中勇介、吉田隼人らが移籍し、若手育成のチーム構成となった。この年からUCIポイントで他の国内コンチネンタルチームにわずかに及ばず、ジャパンカップ出場資格を逃していた。

しかし、今年はUCIレギュレーションの変更で出走数が昨年までの14チーム70人前後から21チーム123人と2倍近くに拡大(ワールドチーム5、プロコンチネンタルチーム3、コンチネンタルチーム12<国外5、国内7>、日本ナショナルチーム1)。その結果、より多くのチームに門戸が開かれるかたちとなり、シマノレーシングも2014年以来4年ぶりのジャパンカップ出場となった。

日曜日のロードレースに参戦するメンバーはキャプテンの木村圭佑をはじめ、入部正太朗、湊諒、横山航太、黒枝咲哉、中田拓也の6人。このうち、湊、横山、中田はジャパンカップ初出場だ。

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チームを指揮するのは元全日本チャピオンの野寺秀徳監督(左)。10月20日のクリテリウムは入部正太朗(右4人目)に代わって、小山貴大(右)が出走した

 

機材:入部、木村はクリンチャータイヤを選択

まずはジャパンカップを戦うシマノレーシングの機材について紹介しよう。フレームは、ジャイアントTCRアドバンストSLで、コンポーネントはもちろんシマノ・デュラエースR9100系で統一されている。チームの標準的なセッティングは、セミディープリムのカーボンチューブラーホイール「WH-R9100-C40-TU」にローギア28Tのスプロケットだ。

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湊諒のバイクは、チームの中でも一般的なセッティング。フレームはジャイアントTCRアドバンストSL、ホイールはセミディープリム「WH-R9100-C40-TU」で、スプロケットはローギア28T。電動変速のDi2、パワーメーター付クランク「FC-R9100-P」といった最新機材ももちろん装備。タイヤは、抜群のグリップ力で選手からの信頼も厚いヴィットリア・コルサだ

その中で、入部、木村はアルミクリンチャーの「WH-R9100-C24-CL」を履く。プロ選手ではカーボンチューブラーホイールが主流の中、両選手は多くのレースでこのホイールを選択している。また木村、横山はローギア30Tのスプロケットを装着している。

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木村圭佑のバイク。ホイールはアルミクリンチャーの「WH-R9100-C40-TU」、スプロケットはローギア30Tを選択しているのが、他の選手との違いだ

木村は、前日のクリテリウムでもC24(他の選手はディープリムのC60)を履いていた。「平坦でC60を使うこともありますが、僕はパワーでグワングワン回すタイプじゃないので、昨日のクリテリウムもヘアピンでの立ち上がりで反応がいいC24を選択しました。森林公園のようなコースでも、下りでの剛性感やハンドリングはC24の方が好みです」と、自身との相性のよさを語っている。

ローギア30Tを選択した横山は「僕にとっては標準装備。上りでも回したいので、上りのあるコースは必ず30Tをつけています」とのことだ。

スペアバイクは4台。それぞれ入部、木村、横山、黒枝のポジションにセッティングされている。大久保修一メカニックによると「湊は木村と同じバイクに乗れる」ということで、スペアバイクを共有する。スペアホイールは通常よりも多めの5セットを用意し、大一番に備えた。

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スペアバイク4台はチームカーのルーフに固定され、レース中のメカトラにも即座に対応する

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カテゴリー1以上のレースでは、無線の使用が許される。日本国内ではこのジャパンカップ(1.HC)とツアー・オブ・ジャパン(2.1)だけだ

 

補給:ボトルの中身は水と経口補水液

用意したボトルは24本。内訳は12本が水、残り12本はここのところシマノレーシングの選手たちが好んで飲んでいる経口補水液。その他、コーラ、粉末のスポーツドリンクも準備している。カロリー摂取や爽快感を求めてコーラを飲む選手は多く、この日もレース後半に中田が何度か要求していた。補給食はレース中に渡すのは基本的にゼリーのみで、固形物はスタート前に摂っておく。

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用意された24本のボトル。中身の違いはマジックで印をつけておく

 

レース中はスタートから200m先の赤川ダムの補給所で鳴島孝至マッサーが待機して、選手たちにボトルなどを渡す。ボトルはチームカーにも分けて積んでおく。

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補給所に向かう鳴島マッサー

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補給所でボトルを受け取る湊

ちなみに、鳴島マッサーに選手のコンディションを聞いたところ「入部はずっと調子をキープしていますね。筋肉が柔らかいし、マッサージしていて気になったのは今年1、2回ぐらいです」と入部の調子のよさを裏付けしていた。

 

作戦:入部、横山をエースに15位以内を目指す

 チームとしての目標はUCIポイント獲得。UCIアジアツアーなどコンチネンタルツアーのHC(超級)カテゴリーのレースは40位以内がポイント圏内だが、特に15位以内はひとつ順位が上がるごとにポイントが大きく増える(1位200pt、2位150pt、3位125pt…13位20pt、14位15pt、15位10pt、16~30位5pt、31位~40位3pt)。もちろん今年は出場選手数が増えているので、40位以内に入るのも例年より厳しくなっている。

シマノレーシングの作戦は、上りもこなせスプリント力もあるパンチャータイプの入部、横山が終盤の勝負所に備え、15位以上を目指す。またレース展開で後手を踏まないように、序盤の大人数の逃げには全選手で対応していく。そして、逃げに乗れなかった選手は入部、横山のアシストに回るかたちだ。

今季UCIレースで2勝(ツアー・オブ・タイランド第2ステージ、ツール・ド・熊野第2ステージ)している入部は、前日のクリテリウムをスキップして心身ともにロードレースに集中。「10位以内、日本人最高位」と、さらに高い目標を掲げていた。

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先日掲載した記事「パワーメーターのデータ分析で調子の波を支配する!」も好評な入部正太朗。ジャパンカップは後半戦の目標のレースのひとつで、コンディションも合わせてきた

また昨年のU23ロード全日本王者の横山は、今年はJプロツアーでも表彰台の常連となるまでに成長。2週間前に行われたJPT「経済産業大臣旗ロードチャンピオンシップ(新潟県南魚沼市)」では3位に入り、前週のUCIレース「おおいたアーバンクラシック」でも6位、UCIポイント10pt獲得と調子は上がっている。

ジャパンカップは初出場だが「基本は集団待機で、ラストのペースアップに耐えられるかどうか。(古賀志林道を先頭から)ちょっと遅れるぐらいで越えられれば、下りで追いつける気がします。15位以内は狙っていきたいと思ってます」と、意気込みを語っていた。

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JPT経済産業大臣旗ロードチャンピオンシップではフランシスコ・マンセボ、ホセ・ビセンテ(ともにマトリックスパワータグ)といった強豪選手に次ぐ3位に入るなど、後半戦好調な横山航太

 

集団後方でペースアップに備える

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快晴の下、10.3km x 14周=144.2kmのレースがスタート

 例年通り、レースは1周目で逃げが決まったが、いつもとは様相が違うところもあった。通常であれば山岳賞やアピール狙いの日本人選手中心の逃げができるところだが、この日はオスカル・プジョル(チーム右京)、マルコス・ガルシア(キナンサイクリングチーム)といった新旧ツアー・オブ・ジャパン総合王者の強力なクライマーが1周目の古賀志林道で飛び出した。

チームミーティングでは逃げたいと話していたという木村、中田はスタートでも最前列に並んでモチベーションも高かったが、「2人の上りが速かった(中田)」と、この動きに対応できなかった。

 

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キャプテン木村圭佑はスタートアタックをかけるべく、最前列に並んだ

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シマノレーシング1年目、チームのムードメーカーでもある中田拓也も最前列から逃げを狙う

2周目には、昨年のクリテリウム・デュ・ドーフィネで山岳賞を獲得したクーン・ボーマン(チームロットNLユンボ)がこの2人に合流。優勝争いに加わってもおかしくない3選手による強力な逃げとなった。

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ガルシア、プジョル、ボーマンの強力クライマー3人が逃げる

例年と違うところは、まだあった。いつもなら逃げが決まった後はワールドチーム勢が集団をコントロールするのがおなじみの光景だが、この日は地元・宇都宮ブリッツェンがほぼ全選手を前に固めて集団を引っ張っていた。タイム差も1~2分差と短い間隔でキープし続けたため、集団のペースもなかなか緩まなかった。

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序盤から地元・宇都宮ブリッツェンがワールドチームを抑えて強力なけん引を見せた

この結果、120人の集団は周回ごとに人数が削られていく。シマノレーシングは、前日のクリテリウムで12位に入ったスプリンターの黒枝咲哉が1周目に遅れた。

今回の取材では、野寺監督が運転するチームカーにも同乗させてもらった。黒枝からは「落車しました」との無線が入ったのだが、実際は落車した選手に追突しかけたようだ。幸いケガはなかったが、集団に復帰できず4周目にリタイア。高校時代にはオープンレースでも優勝し、「将来は森林公園のコースで勝てる選手になりたい」と話す黒枝の今年のジャパンカップはここで終了した。

その後レースは落ち着き、野寺監督はラジオツール(競技無線)から流れる逃げと集団とのタイム差を選手たちにこまめに伝えていく。

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チームカーを運転する野寺監督。後部座席には大久保メカニックが乗り、ボトルなどの入ったクーラーボックス、スペアホイールなども置かれている

レース半分を過ぎると、メイン集団の人数は約70人あたりまで絞られていた。シマノレーシングは残る5人全員が、集団の真ん中から後方付近に位置取っている。入部は定位置ともいえる集団最後尾で上りをこなす。古賀志林道の山頂付近ではやや集団から距離を開けることもあったが、「ついていけなかったのではなく、自分のパワーをマネージメントしていた」と、あくまで後半勝負に備えての布石だった。

野寺監督からは「どこで行くかわからないから集中しろ」と集団のペースアップに警戒するよう注意が飛んでいたが、レース後半まさに恐れていた事態が起こり、シマノレーシングは不利な状況に立たされていく。

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選手をサポートするシマノレーシングのチームカー

 

経験不足が生んだ誤算

レースが動いたのは、ラスト4周目となった11周目の古賀志林道。ここでチームロットNLユンボがペースを上げ、一気に集団を引き延ばす。

実はここでシマノレーシングの選手たちには、ひとつの誤算があった。集団のペースアップをラスト3周と予想していたため、1周早い仕掛けに集団後方にいた彼らは対応できなかったのだ。

「後ろに位置取って脚は残していたし、ペースが上がったところで前に上がろうとしていた。中田には残り3周で前に入りたいからアシストしてほしいと話していたが、実際は残り4周とペースアップが早かった」(入部)

「残り3周から(ペースを)上げてくるとの予想だったが、残り4、5周から徐々に上げられてシマノレーシングとして対応が追い付いていない状況だった」(湊)

もちろん、まったく無警戒ではなかった。湊、横山は可能な限り前に上がり、海外勢の背中が見えるところまでせまった。古賀志の山頂は、湊、横山、入部が40~50番手で越えたが、すでに集団先頭とは大きなギャップがついていた。

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11周目の古賀志林道の上り口、横山、木村、湊がまとまってポジションを上げようとする。このとき、入部はまだ集団最後尾だった

この周回で先頭16人が抜け出し、入部、横山、湊はその後ろの第2集団に、木村、中田はさらに遅れて後方となった。

ラジオツールは突然のレース活性化で情報が錯綜しており、チームカーの中もすぐには状況が飲み込めず、選手たちに適切な指示が送れなかった。遅れた集団に木村、中田がいるのは目視で確認できたが、他の選手がどの集団に入っているか把握が難しい状況がしばらく続いた。

さらに次の12周目には再びチームロットNLユンボが古賀志林道でペースを上げ、またも集団はシャッフルされる。シマノレーシングからは第2集団にいた横山が脱落。「あまり調子がよくなかった」と、この日は思うような走りができなかったようだ。

残り2周(13周目)に入るタイミングで、先頭はワールドチームの選手を中心に6人、追走は約17人で、ここに残る日本人選手は中根英登(NIPPOヴィーニファンティーニ・ヨーロッパオヴィーニ)、石上優大(ジャパンナショナルチーム)、増田成幸、雨澤毅明(ともに宇都宮ブリッツェン)の4人。その後ろ入部、湊が含まれる約17人ほどの第3集団。シマノレーシングのチームカーはこの集団の後ろにつけたが、各集団のタイム差は数10秒から1分近くへと徐々に開いていった。

湊は2週間前の経済産業大臣旗ロードチャンピオンシップで、過去ツール・ド・フランス総合4位のフランシスコ・マンセボ(マトリックスパワータグ)のアタックについていけず、「ミーティングでも自信がなさそうだった(野寺監督)」という。それでも、この日はジャパンカップ初出場ながら得意とするサバイバルな展開になんとか対応していた。

とはいえ、このままでは目標の15位以内は難しい状況だ。入部は第3集団から抜け出して、前の追走集団にブリッジをかけようと何度か試みるが、他の選手の協調が得られず集団に戻らざるをえなかった。そうしている間にも、前の集団との差はどんどん開いていく。

レースは、最終ラップに先頭6人から抜け出したロブ・パワー(ミッチェルトン・スコット)とアントワン・トールク(チームロットNLユンボ)の優勝争いとなり、最後はパワーが一騎打ちのスプリントを制した。

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優勝したパワーは、まだ23歳のオーストラリア人。2年前には3位に入っており、ジャパンカップとの相性のよさを見せた

シマノレーシングは、第3集団でフィニッシュした入部が31位、湊が34位とUCIポイント圏内には入れたものの、目標としていた15位以内は遠く及ばなかった。日本人最高位は追走集団にいた中根の12位だった。

この日の入部、湊のコンディションなら、ラスト4周のペースアップに対応できていれば、追走集団でフィニッシュして15位以内に入るチャンスもあっただろう。しかし、集団内の位置取り、そして集団のペースアップを察知して準備するいった戦術的な部分が課題となった。実力よりも、4年ぶりのジャパンカップという経験の差が成績を大きく左右したレースともいえた。

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「勝負できる脚はあった」という入部正太朗だけに、悔しい31位

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チーム随一のクライマー湊諒は34位。初出場したジャパンカップの熱気に感動し、「いつかは勝ちたい」と力強く語った

野寺監督は「ポジションを下げていた時に起こったペースアップで前に行けなかったのが反省点。経験不足と、僕自身も予想して無線で指示すべきだったと反省している」と悔やみつつも、「チームとして経験を積めたし、来年につなげられる要素はあるので、チャレンジを続けたい。今日のレースに限って言えば、彼らが現実的に勝負していけるところにいると思っている」と選手たちの成長につながるレースだったと強調していた。

ロードレースで成績を残すためには、実力だけでなく戦術的な判断力・経験も必要だということをあらためて学んだシマノレーシングのジャパンカップだった。

取材協力:シマノレーシングチーム
写真と文:光石達哉

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