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2018年10月11日

パワーメーターのデータ分析で調子の波を支配する! シマノレーシング入部正太朗

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2018年前半戦
入部選手のコンディショニングの波は?

 

ここからは、2018年シーズン前半戦で入部選手がどのように調子の波をコントロールしてきたか見てみよう。具体的な数字は明かせないが、おおまかな流れを紹介していく。

「シーズン前にベースを作って(CTLを上げる)、シーズンに入ると調整・回復を多くします。それがサイクリストにとって最適なリズムだと思います」というのが、基本的な考え方だ。

入部選手の今年1月1日時点でのCTLは50前後。プロ選手ならレース前に100は必要とされる中、オフシーズンとはいえかなり低かった。その後、徐々にベースを上げていく。本格的な乗り始めは、1月下旬から。鹿児島、沖縄の合宿で乗り込みを続け、本格的にベースづくりを始めた。自転車以外のウェイトトレーニングなども行っているが、パワーメーターによる計測はできないため「感覚でTSS60とだいたいの数字を入れている」という。

しばらくはまとまった休養はとらずに高負荷のトレーニングを続け、2月下旬のシーズン開幕戦・Jプロツアー沖縄2連戦を迎えたときもTSBはマイナスだった。それには入部選手ならではの狙いがあった。

「一般的なサイクリストはTSBのマイナスを2週間以上続けるのは危険で、1回プラスに戻したほうがいいと言われています。しかし、僕の場合は最低CTL100が欲しかったので、乗り込み開始してからCTLをちょっとずつ上げていきました。その結果、2~3カ月ずっとTSBのマイナスが続いているので、かなり無理している状態です。でも、まだ先のレースを目指しているので、ここでTSBをゼロに戻すと、CTLが落ちてしまう。まだ上げ続けたかったので、回復しすぎないようにしました」

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1月~2月は合宿などで走り込み、休養よりもCTLを上げることに専念。シーズンを戦うベースをこの期間に作り上げた

3月に入るとトレーニング量を調整して、徐々に体も回復させていった。そして、3月23~25日のUCIアジアツアー、ツール・ド・栃木ではCTLは高い数値をキープしながら、TSBもプラスに持っていた状態でスタート。結果的に、総合5位とUCIポイントを獲得した。

4月1~6日のステージレース、ツアー・オブ・タイランドでは、CTL、TSBともにいい状態で入り、第2ステージではステージ優勝を獲得。さらにタイから帰国翌日の4月8日にチャレンジサイクルロードレース(日本CSC)に出場。6日間のステージを走った直後でCTLは高かったが、TSBは大きくマイナスに落ち込んでいた状態だったものの、ここでも優勝を勝ち取った。

「タイ後半もかなり疲れていたけど、体はよく動いていました。TSBの数値で見るより、自分がある程度、疲労に強いのがわかりました」と、入部選手は数値と実際の感覚、自らの走りを比較して、自分の体の傾向にも気づくことができた。

この後、しばらくレースの予定が空いていたため、入部選手は思い切って約1週間を休養にあてた。一般的にはシーズン序盤でまだまだトレーニングを積みたい時期に思い切った選択だったが、迷いはなかった。

「昨年までなら4月にこんなに休むことはない。普通なら、2、3日休んだから回復すると思うけど、それは全然違う。僕も3日休んだら不安になっていましたが、シミュレーターの指標ができたことで、練習のやりすぎ、やらなさすぎがより調整できるようになったんです」

その結果、TSBを大きくプラスに戻した入部選手は、その後もレース、練習、休養のバランスを調整しながら、5月のツアー・オブ・ジャパンに好調な状態で入り、その翌週のツール・ド・熊野ではステージ優勝を挙げた。

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シーズンを通してTSBをプラスの状態にして、レースのスタートを迎えることを心掛けている

 

そして次に狙うのは今シーズン最大の目標、全日本選手権(6月24日、島根県益田市)だ。事前のチーム合宿でCTLは本番2週間前に今季最高の数値を示したが、その走り込みによってTSBは大きくマイナスになっていた。

「シーズンを通して練習と休みを繰り返して、全日本に向けてちょっとずつ上げていくイメージでした。直前の1週間は休みを多くしたのでCTLはちょっと下がりましたが、TSBは大きく貯金できて、今年1番いい状態で入りました」

この全日本選手権、序盤で飛び出した約30人の逃げ集団に対し、入部選手が含まれるメイン集団は最大9分以上のタイム差をつけられ、展開的にかなり不利な状況となった。しかしレース終盤、入部選手はほぼ単独で追走し、結果的に表彰台まであと一歩の4位まで追い上げた。序盤の判断ミスがなければ、優勝争いにも十分加われた力強い走りで、ピーキングがうまく行っていることを裏付けるかたちになった。

「ここまでやって気づいたのは、シーズン中にベースを上げるのは無理。やはりシーズン前にベースを作って、シーズン中は回復、レースに向けた調整をメインにするべき、ということです。トレーニング量は全体的に増えてますが、1週間連続で休んだりもしています。今年はそのメリハリがハンパないです。しっかりトレーニングやっても、休めてないとパフォーマンスが伸びない。そのバランスがすごく大事なのがわかりました。だから、焦りはないです。今まではみんなが練習やっていると『俺もやろうかな』と不安になって、なんなら自分が率先してやる方だった。けど、今年はまったくそれがないです」

 

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TSBシミュレーターのエクセルの下のタグを選択すると、各数値の推移がグラフで表される(上はサンプル)。赤がATL、青がCTL、黄がTSB。入部選手は「主に見ているのは青と黄です。青(CTL)は開幕までちょっとずつ上げて行ってシーズン中はキープ。黄(TSB)はレースのときにプラス、練習で追い込むのときにマイナスになるのが理想です」という見方だ

 

このやり方は、トレーニングや休養に時間を費やせるプロ選手だからこそともいえるが、入部選手は「ホビーレーサーにも十分使える」という。プロよりも練習量が少なくなる分、調子の波に不確定要素が増えてくるが、そこはしっかり自分の体の声に耳を傾けて活用すべきだという。

「レースはテクニックや技術面も大きいけど、ひとつの指標としてシミュレーターの数値があるに越したことはない。自分の調子がわかることにマイナスはないです。まずはFTPをしっかり計測すること。すでにTSBシミュレーターを使っている人もいると思うけど、あまり数字にとらわれすぎもいけない。数値はあくまでも指標で、自分の感覚の方が大事。その点に注意すれば、全然使えると思います。僕自身もいまだに発見があるし、調子がよかったレース、悪かったレースの数値を見直すことで、気づくこともあると思います」

 


 

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入部正太朗(いりべ しょうたろう)

1989年生まれ。父の入部正紀は元トラック日本代表の自転車競技選手で、現在は「サイクル工房イリベ」の代表として競輪フレームなどを手がけるビルダー。その父の勧めで高校から自転車競技を始め、早稲田大学を経て、2012年にシマノレーシングに加入。以前はトラック中距離種目でも活躍し、ポイントレースでは全日本選手権、国体などで優勝。ロードレースではJプロツアー通算4勝、UCIアジアツアー通算3勝ほか、数々の勝利を挙げている。

(文・写真/光石達哉)

 

 

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